クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

95 耳の文化と目の文化(22)―熟語の1語書きと造語(2)―

筆者:
2010年10月18日

複合名詞と名詞句の区別とは違って、複合形容詞と形容詞句の区別、複合動詞と動詞句の区別は、形容詞、動詞が目的語や副詞などを統括し、文を作る能力があるだけに、造語なのか句の熟語化による1語書きなのか、判断がつかない場合がある。

名詞と形容詞が並んでいる場合、句であれば形容詞の目的語である名詞に格表示があるが、複合形容詞であればそれがないから区別することができる:schneeweiß : weiß wie Schnee「雪のように白い」、hitzebeständig : gegen Hitze beständig「熱に強い」、hilfebedürftig : der Hilfe bedürftig「助けの必要な」。さらに、altersschwach「老衰した」、sonnenarm「日光に乏しい」などは接合辞s、[e]nも見られるから名詞+形容詞という造語パターンがあると考えられる。しかし、これらの造語による複合形容詞と思われるものも、接合辞のあるものを別にすれば、本来の句が熟語化することによって格表示のための冠詞や前置詞が落ちて、1語に書かれるようになったと解釈することもできる。

形容詞・副詞と形容詞が並んでいる場合は、形容詞・副詞は語形変化しないから、複合形容詞と形容詞句の区別をつけることはできない。しかし、複合形容詞と思われるものも形容詞・副詞-形容詞という並びから句の熟語化による1語書きと考える方が自然である: schwerkrank「重病の」: schwer krank「重い病気の」、nichtöffentlich「非公開の」: nicht öffentlich「公開でない」。いずれにしても、1語書きしたものと分かち書きしたものでは、ひとつの概念としてとらえたのか分析的にとらえたのかといった表現に微妙な差がある。

反対に、形容詞を並列的につなげて1語としたものは形容詞句が熟語化し、並列の接続詞undが落ちて1語書きされるようになったと言うよりも、並列的複合形容詞を作る造語パターンがあると考えることができよう:nasskalt「湿寒の」: nass und kalt「湿っぽくて寒い」、schwarzweiß「白黒の」: schwarz und weiß「白と黒の」、schwarzrotgold「黒・赤・金の」:schwarz und rot und gold「黒と赤と金の」。

動詞と形容詞が並んだ場合は、lernbegierig「学習意欲のある」, schreibgewandt「文章力のある」のように動詞の語幹が来る。句であれば動詞の語幹が表れることはないので、これは複合形容詞であり、動詞語幹+形容詞という造語パターンがあると考えられる。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 新田 春夫 ( にった・はるお)

武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)