地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第226回 田中宣廣さん: 「方言エール」のまとめ-1(全3回)

筆者:
2012年11月3日

昨年の東日本大震災後から「方言エール」について,読者の皆さんといっしょに考えてきました。この連載とともに,学会で発表する機会が2度あり,日本全国の多くの方言研究者と議論をすることもできました。そのなかで,実は輪郭のぼやけていた私の考えも,はっきりとしてきました。そこで,これから3回にわたり,「方言エール」について,まとめることにしました。皆さんもあらためて考えてください。

[1]方言エールの概要:方言エールは,方言メッセージから,非常時などの精神鼓舞の「掛け声」に派生した用法です。表現に基本的に具体的内容のない《非実質性》,独自の類型や特別な使用の状況などから,方言メッセージとは別の一つの種類として整理されます。

【写真1】岩手県中小企業家同友会のサイト,2011年3月15日「同友会ニュース」より
【写真1】岩手県中小企業家同友会のサイト,
2011年3月15日「同友会ニュース」より
【写真2】筆者撮影
【写真2】筆者撮影(クリックで拡大表示)
【写真3】株式会社文化印刷,岩手県宮古市
【写真3】株式会社文化印刷,岩手県宮古市
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【写真4】筆者撮影
【写真4】筆者撮影(クリックで拡大表示)

方言エールが注目されたのは,2011年3月の東日本大震災の直後からです。被災者たちが,方言を,まず生存,次に長期避難生活,さらに再建の掛け声として,避難所内や倒壊した自宅に掲げました。「がんばっぺぇーす宮古」や「がんばっぺ高田」【写真1】などです。

このとき,「方言」こそ「残ったただ一つのふるさと」でした。津波に,街ごと流されてしまったふるさとでしたが,2~3日経ち,被災者たちは,気がついたのです。「自分たちが『ふるさと』を持って避難してきた」「方言は残っている」「『ふるさと』はなくなってしまったのではない」ということに,気がついたのです。よく「方言は地域の文化」と言われますが,このときは,そのような軽いものでなく,「ふるさとそのもの」の,とても重みのある存在であったのです。

そういうなかで掲げられた方言エールは,ことばの意味よりも,「ふるさとのことば」であることが大切でした。この《非実質性》は,震災のときの方言エールのとても重要な性質です。ただし,状況に矛盾しない表現にはなっています(第236回[4]で説明)。

数日後には「みんなでがんばっぺす」【写真2】などが大小の商店に掲げられ,さらに日月を経て,無料のステッカー【写真3】も配られました。救助に派遣された自衛隊では,すぐに「がんばっぺ!みやぎ」や「けっぱれ!岩手」【写真4】などを避難者たちに示しました。

このように,方言エールは,方言を,ふるさとそのものである方言を,精神鼓舞の掛け声に活用した用法です。以前から言われていた,地域言語が地域の人々の精神の大きな支えとなっていることが再確認できます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。