昨年の東日本大震災後から「方言エール」について,読者の皆さんといっしょに考えてきました。この連載とともに,学会で発表する機会が2度あり,日本全国の多くの方言研究者と議論をすることもできました。そのなかで,実は輪郭のぼやけていた私の考えも,はっきりとしてきました。そこで,これから3回にわたり,「方言エール」について,まとめることにしました。皆さんもあらためて考えてください。
[1]方言エールの概要:方言エールは,方言メッセージから,非常時などの精神鼓舞の「掛け声」に派生した用法です。表現に基本的に具体的内容のない《非実質性》,独自の類型や特別な使用の状況などから,方言メッセージとは別の一つの種類として整理されます。
方言エールが注目されたのは,2011年3月の東日本大震災の直後からです。被災者たちが,方言を,まず生存,次に長期避難生活,さらに再建の掛け声として,避難所内や倒壊した自宅に掲げました。「がんばっぺぇーす宮古」や「がんばっぺ高田」【写真1】などです。
このとき,「方言」こそ「残ったただ一つのふるさと」でした。津波に,街ごと流されてしまったふるさとでしたが,2~3日経ち,被災者たちは,気がついたのです。「自分たちが『ふるさと』を持って避難してきた」「方言は残っている」「『ふるさと』はなくなってしまったのではない」ということに,気がついたのです。よく「方言は地域の文化」と言われますが,このときは,そのような軽いものでなく,「ふるさとそのもの」の,とても重みのある存在であったのです。
そういうなかで掲げられた方言エールは,ことばの意味よりも,「ふるさとのことば」であることが大切でした。この《非実質性》は,震災のときの方言エールのとても重要な性質です。ただし,状況に矛盾しない表現にはなっています(第236回[4]で説明)。
数日後には「みんなでがんばっぺす」【写真2】などが大小の商店に掲げられ,さらに日月を経て,無料のステッカー【写真3】も配られました。救助に派遣された自衛隊では,すぐに「がんばっぺ!みやぎ」や「けっぱれ!岩手」【写真4】などを避難者たちに示しました。
このように,方言エールは,方言を,ふるさとそのものである方言を,精神鼓舞の掛け声に活用した用法です。以前から言われていた,地域言語が地域の人々の精神の大きな支えとなっていることが再確認できます。