『日本国語大辞典』をよむ

第61回 漢字のしりとり

筆者:
2019年8月25日

よくじょう【沃壌】〔名〕地味のよく肥えた土地。肥沃な土壌。沃土。*史記抄〔1477〕三・夏本紀「墳とは沃壌なんどと云やうに土がでくるぞ」*黄葉夕陽邨舎詩-前編〔1812〕二・雑詩三首・一「黄薇称沃壌、采色満四疆」*米欧回覧実記〔1877〕〈久米邦武〉一・七「十余町を隔て、一帯の並木をみる、墳衍の沃壌と覚へたり」*温子昇-寒陵山寺碑「考茲沃壌、建此精廬

よくど【沃土】〔名〕肥沃の土地。地味が肥えていてよく作物ができる土地。また、比喩的に、ものがよく育ったり発展したりする基盤となるところ。*西洋事情〔1866~70〕〈福沢諭吉〉外・三「痩土を耕すと沃土を耕すとは其労逸甚だ異なりと雖ども産したる麦の値は同様なるが故に」*新聞雑誌-一〇号附録・明治四年〔1871〕八月「其草原は沃土(ヨクド)壌野なれば米麦野菜の類を種(う)へ」*蘭学事始〔1921〕〈菊池寛〉六「彼等は、邦人未到の学問の沃土に、彼等のみ足を踏み入れ得る欣びで」*国語-魯語下「沃土之民不材、淫也」

よくせき【沃瘠】〔名〕地味が肥えていることと瘠せていること。地味のよしあし。肥瘠。*続日本紀-和銅六年〔713〕五月甲子「及土地沃塉、山川原野名号所由、又古老相伝旧聞異事、載于史籍、亦冝言上」*一国の首都〔1899〕〈幸田露伴〉「劇はまことに都会の花なり。花はその土の沃瘠に応じ、劇はその都府の善意をあらはすなり」*宋孝武帝-梨花賛「沃瘠異壌、舒惨殊時」

「よく(沃)」から始まる見出しを3つあげてみた。温子昇(おんししょう)(496~547)は、北魏末から東魏にかけての文人、官僚。いずれも中国の文献における使用例があげられており、漢語である。見出し「よくせき【沃瘠】」の語釈に「地味が肥えていることと瘠せていること」とあることでわかるように、「ヨク(沃)」は〈地味が肥えていること〉である。中国も日本も、農業によって生活を支える文化といえるだろう。そういう文化においては、土地の状態は重要な意味をもつ。したがって、そうしたことにかかわる語彙が整っていると思われる。

さて、見出し「よくじょう【沃壌】」の語釈末に類義語としてということであろうが、漢語「沃土」が置かれている。「沃壌」「沃土」の下字をつなげると「土壌」という漢語ができあがる。これが今回のタイトル「漢字のしりとり」だ。見出し「よくせき【沃瘠】」の語釈末には「肥瘠」が置かれている。「沃瘠」「肥瘠」の上字をつなげると「肥沃」という漢語ができあがる。では見出し「肥瘠」「肥沃」をみると語釈はどうなっているだろう。

ひせき【肥瘠】〔名〕体や地味などのこえていることと、やせていること。肥痩。*松山集〔1365頃〕貽独醒老書「無善悪父祖、則務而倡之、不則如越人視秦人之肥瘠也」*六如庵詩鈔-二編〔1797〕二・別養払菻狗、一旦失之。踰年復還。感紀其事「別久肥瘠似少異、遇我跳躍鳴嗚嗚」*東潜夫論〔1844〕王室「土地の肥瘠、海路の迂直」*布令字弁〔1868~72〕〈知足蹄原子〉四「肥瘠 ヒセキ フトルヤセル」*米欧回覧実記〔1877〕〈久米邦武〉一・一八「土壌は肥瘠甚だ差あり」*書経注-禹貢「田之高下肥瘠」

ひよく【肥沃】〔形動〕土地がよく肥えているさま。*捕影問答〔1807~08〕前「気候和適、土地肥沃、諸穀・野菜を産し、海辺には魚塩の利あり」*明治月刊〔1868~69〕〈大阪府編〉二「土地皆肥沃にして気候人に宜し」*文明論之概略〔1875〕〈福沢諭吉〉五・九「其気候温暖にして土地肥沃なるに由て」*私の詩と真実〔1953〕〈河上徹太郎〉フランクとマラルメ「恰も肥沃(ヒヨク)な高原から広漠たる平野へ流れ出る水の如く」*論衡-率性「肥沃墝埆、土地之本性也」

「ヒセキ(肥瘠)」「ヒヨク(肥沃)」ともに中国の文献での使用例があげられており、漢語であることがわかる。現在も使う「ヒヨク(肥沃)」には19世紀以降の使用例しかあげられていない。「ひせき(肥瘠)」の語釈末尾には「肥痩」が置かれているので、見出し「ひそう」もあげておこう。

ひそう【肥痩】〔名〕「ひせき(肥瘠)」に同じ。*経国集〔827〕一三・奉和搗衣引〈巨勢識人〉「不知肥痩異於今、寛窄仍准別時襟」*運歩色葉集〔1548〕「肥痩 ヒソウ」*山鹿語類〔1665〕二一・器物の用を詳にす「人の身体肥痩時にかはり、軽重年々にたがふもの也」*広益国産考〔1859〕一「土地に厚薄あり、山川に肥痩あり」*南史-王元謨伝「短長肥痩、皆有比擬

「ヒセキ(肥瘠)」の他に「ヒソウ(肥痩)」もあるのだったら、今度はこの2つの漢語の下字をつなげて「そうせき(痩瘠)」という語はないのだろうかと思って調べてみると、ありました、ありました。

そうせき【痩瘠】〔名〕(形動タリ)やせていること。また、そのさま。*文芸類纂〔1878〕〈榊原芳野編〉五「上代の痩瘠を改めて、新に豊肌流麗の風を創す」*ヱマルソン〔1894〕〈北村透谷〉六・七「カアライルは痩瘠たる蘇国の野に於て、戦ふべき為に生れたり」*古今注-鳥獣「鳧雁自河北江南、痩瘠能高飛、不繒繳

ここまでやってきた「漢字のしりとり」は、つきつめていえば、2つの漢語の上字と下字とをつなぐと別の漢語ができるということだから、当たり前といえば当たり前のことだ。しかし、こうやって「漢字のしりとり」をしながら、「じゃあこういう語はあるだろうか」と考えながら、辞書を調べてみるというのもおもしろいかもしれない。そして、これは「漢語の理解のしかた」、つまり日本語を母語としている人々がどうやって漢語を理解しようとしたか、ということにかかわっている、と考える。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。