『日本国語大辞典』をよむ

第62回 「カタリモノ(騙者)」の歴史

筆者:
2019年9月22日

1952(昭和27)年から1954年にかけて、岡山市に本社を置く「カバヤ食品」がキャラメルのおまけとして発行した児童文学作品を収めた「カバヤ児童文庫」という、いわば叢書がある。岡山県立図書館には現時点で刊行が確認されている131冊のうちの126冊が蔵されている。筆者が生まれる前のことであるが、先日古書展の目録をみていて、「カバヤ児童文庫」に目がとまり、高学年用を謳う『謎の鉄仮面』(1953年)と中学生向けを謳う『黒い矢の秘密』(1953年)とを購入してみた。

『謎の鉄仮面』を読んでいると、次のようなくだりがあった。

ところが夜だと思い安心しきっていたふたりを、警視の部下があやしんだ。明暗ホテルでにがした男ににていると発見したのである。馬車に近ず(ママ)いて、ふいにコフスキーの顔へ光をむけた。それと気づいたコフスキーはすぐ顔をそらしたが、もうおそい。

「おお、たしかにそうだ。このかたり者っ、御用だ!」(58ページ)

「ふたり」は「エーヌ男爵とコフスキー」で、「かみそり警視の使いだとふれこ」んだが、使いに化けた偽物であることが「警視の部下」に気づかれるという場面だ。そこで「かたり者」という語が使われている。

「カタリモノ」は現代日本語では何というのがふさわしいだろうと思ったので、『日本国語大辞典』を調べてみると、見出し「かたりもの」には次のようにあった。動詞「かたる」も併せて示しておこう。

かたりもの【騙者・衒者】〔名〕人をだまして、金品をとる人。詐欺師。*和英語林集成(初版)〔1867〕「Katarimono カタリモノ 騙者」

かたる【騙・衒】〔他ラ五(四)〕(1)うそをまことらしく言って、人をあざむく。いつわる。*和英語林集成(初版)〔1867〕「ヒトノ ナマエヲ kataru (カタル)」*落語・昔の詐偽〔1897〕〈三代目春風亭柳枝〉「魚の腸(はらわた)だか何だか知れ無い者を熊の胆(ゐ)で御坐候と、大きな名前を騙(カタ)って商ひされては実に迷惑するのだ」(2)人をだまして、金品などをとる。詐欺にかける。*浮世草子・日本永代蔵〔1688〕二・三「狼の黒焼はと声の可笑げに売て〈略〉随分道中の人になれたる心の、針屋筆やかたられて追分より八丁までに五百八十が物代なして」*滑稽本・古朽木〔1780〕五「又此所に来りて、二百両衒(カタラ)んとは、大胆不敵のふるまひ」*和英語林集成(初版)〔1867〕「ヒトヲ katatte (カタッテ) カネヲ トル」

『謎の鉄仮面』の「かたり者」は動詞「カタル」の語義(1)に対応するものであろう。「カタル」の語義(2)に対応するのが、『日本国語大辞典』の見出し「かたりもの」だ。そうなると、見出し「かたりもの」の使用例として、動詞「カタル」の語義(1)に対応する使用例もほしくなる。それが、『謎の鉄仮面』の例ということになる。ただし、使用されたのは1953(昭和28)年だ。

『日本国語大辞典』の初版は1972(昭和47)年から1976(昭和51)年にかけて全20巻で刊行されている。だからといって、昭和になって刊行された文献の使用例が載せられていないわけではないし、現在刊行されている第2版には、昭和の使用例も少なからず載せられている。「カタリモノ」についていえば、『和英語林集成』初版の見出しになっていることからすれば、幕末期にすでに使われていたことがわかる。語の使用の歴史を考える場合、まずは「いつ頃から使われ始めているか」の「あたり」をつける。もちろん文献で確認できるか、ということだ。しかし、「いつ頃まで使われていたか」は話題にしにくい。文献で使用が確認できないからといって、使われなくなっていたとは即断できないからだ。

「カタリモノ」は幕末期には使われていた。『謎の鉄仮面』によって、1953(昭和28)年に使われていたことも確認できた。現在使われているかどうか、を筆者の内省によって判断するのは少々粗いが、少なくとも筆者自身が使う語ではない。また『広辞苑』第7版も見出しにしていない。だからといって現在使われていないとはもちろんいえないけれども、おおいに使われている、ということはないだろう。この(仮説的な)「みとおし」を西暦で説明すれば、1867年に使われ始め、1953年にはまだ使われていて、2019年には使われていない、ということになる。これをさらにいえば、1953年から2019年までの66年の間に使われなくなった語ということになる。

そうなると、次は「なぜ使われなくなったか」ということを考えたくなる。「カタリモノ」は「カタル+者」と分解できるのだから、動詞「カタル」が使われなくなれば、「カタリモノ」はいわば「支えを失う」ことになる。したがって、まずは「カタル」の歴史を調べる必要がある。「カタル」は使われているが「カタリモノ」が使われなくなった、ということだって絶対にないとはいえないので、そこは慎重に考えを進めていく必要があるが、一般的にいえば、そういうことは少ないだろう。しかし、このあたりのことについてはまだ十分な「みとおし」ができていない。「宿題」として、「カタリモノ」「カタル」に気をつけながら、本を読んでいくことにしたい。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。