地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第342回 井上史雄さん:二つの方言学国際会議
Methods 2017とSIDG 2018 Two International Congresses of Dialectology: METHODS 2017 and SIDG 2018

筆者:
2015年11月28日

2015年8月に北キプロスで方言学の国際会議(SIDG)がありました。日本は北キプロスを国家と認めていないので,公館もありません。IS(イスラム国)のテロや誘拐があっても保護を受けられません。幸いに平穏無事に終わりました。3年後の開催地は,会場ですぐに決まりました。バルト3国の一つ,リトアニアが引き受けてくれました。

【図1】リトアニア語の方言区画 Lithuanian Dialects
【図1】リトアニア語の方言区画
Lithuanian Dialects(画像はクリックで拡大)

国際会議の報告でも,「リトアニア言語研究所では方言について学校向けのシリーズ本を出している」と言っていました。方言区画に応じて方言の解説書を14冊,CD付きで出すそうです。以前にリトアニアの方言区画を記したチョコレートをいただきましたが,そのチョコレートは大まかなものでした(第67回「世界唯一の方言チョコレート」)。Genovaitė KAČIUŠKIENĖさんの発表資料をいただきました。【図1】が方言区画です。低地方言(赤,黄)と高地方言(緑,青)とに大分類されるそうです。首都ヴィリニュスは地図の右下で,高地方言の東部方言(青)に属しますが,西部方言(緑)の影響も大きいとか。

【図2】にヴィリニュス編の表紙を示します。これが14冊出そろうわけです。

【図2】リトアニアの方言解説書のうちヴィリニュス編“East Highlanders Vilnius Citizens”(2010)
【図2】リトアニアの方言解説書のうちヴィリニュス編
“East Highlanders Vilnius Citizens”(2010)

人口300万人(静岡県ほど)の国で,方言解説書14冊の市場があるか,心配です。周囲の大国の圧力で,独立の国家を持つのに苦労した国です。リトアニア語の出版が禁じられた時期もありました。旧ソ連の自治共和国でしたが,1991年に独立して,今はユーロ圏です。国民の愛国心,国語愛が旺盛なのは当然です。だからこそ国家予算による企画が出るのでしょう。

方言の扱い方は,国家によって,経済規模によって,違います。日本は,長い間ほぼ言語領域に応じた国家領域を保ってきました。人口も1億規模で経済力が豊かです。方言の概説書も民間の出版社で地方別,県別に出しています。方言グッズも各県にあることが分かりました(『魅せる方言』)。日本方言研究会という組織があり,機関誌『方言の研究』も刊行されました。世界的にみても研究活動の活発な国です。

日本は,方言学の国際会議も引き受けます。方言学国際会議が二つあるうち,方言学方法論会議(Methods in Dialectology 16)が2017年8月7~12日に東京・立川の国立国語研究所で開かれます。2018年夏にリトアニアのヴィリニュスで方言学地理言語学国際会議(SIDG 9)が開かれます。北キプロスでは「日本の8月はベストシーズンですよ」と宣伝しておいたのですが,ジョークと思わなかった人がいたらどうしよう……。

Methods in Dialectology 16 at NINJAL, Tachikawa, Tokyo, 7~12 Aug 2017.
 SIDG 9 (International Society of Dialectology and Geolinguistics), Vilnius, Lithuania 2018.

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。