現在では地方に暮らすハンティも既製の洋服を着用することが多くなってきました。これは男性と子供に顕著で、彼らは厳冬期と儀礼時以外は既製の洋服を着用しています。一方で、女性たちは常に民族衣装を着用している人もいれば、まったく着用しない人、ときどき着用する人もいます。今回は、女性たちはどのように衣服を選んでいるのか、考えてみたいと思います。
ハンティの女性は膝下丈のワンピースを着用します。長袖と襟がつき、身ごろの幅が広く、胸上と膝のあたりで切り替えて、少しギャザーを作ります。袖や裾には動物等をかたどった色とりどりの文様のアップリケやビーズ刺繍、山道テープ(ギザギザ形のテープ)等の装飾を施します。ワンピースの下には下着、Tシャツ、厚手のスパッツ、靴下を履きます。肌寒いときはワンピースの上にフェルトや綿布の民族衣装の羽織あるいは既製のセーターや綿入りジャケットを着ます。同じハンティの中でも居住地域と方言等によっていくつかの集団に分かれており、各集団のワンピースには微妙な違いがあります。こうした違いは、隣接する他民族の衣服の影響や手に入る素材の違いなど、歴史・地理・経済的な要因によるものです。ここであげた写真はスィニャ川という一地域のものだけですが、彼女たちのワンピースは胸上で生地の色を変える点が特徴的です。
彼らは方言や氏族集団、世界観や信仰の違いによって自分が属する集団と他の集団とを区別します。それと同様に、集団ごとに少しずつ異なる物質文化(衣服の違い)を互いに認識することでも自他を区別しています。例えば、「○○のハンティはビーズをたくさん使うが、我々はあまり使わない」、「○○のハンティはワンピースの身ごろの幅が広いが、我々は狭い」と言って、衣服の違いから集団の違いを確認します。このようにハンティという民族集団だけではなく、○○地域・氏族のハンティというアイデンティティも彼らは同時に持ち合わせています。
さらに、ひとつの村の中でも様々な集団があり、それぞれへの帰属意識は民族衣装の着用の頻度・選択にも表れています。村の女性は職業によって民族衣装の着用場面や頻度が異なります。とくに規定はないようですが、都市部で高等教育を受けた医師や教師、役場職員は既製の洋服を着て勤務します。ずっと地方で暮らしてきたトナカイ牧夫や漁師の妻、公共施設の掃除係等は民族衣装を着用します。郷土資料館の職員や保育園の保育士、商店の販売員には民族衣装の人もそうでない人もいます。仕事では洋服、家の中では民族衣装、あるいはその逆も見られ、仕事へ行くための装いとして、何を着たいか、何がふさわしいか、どう見られたいかを個々が考え、民族衣装か洋服かを選択しているようです。
さらに、世代によっても女性が民族衣装を着用する頻度や場面は異なります。現在では30代くらいまでの若い女性の多くは普段は洋服を着用しています。しかし、彼女らも森に暮らす家族・親戚を訪問するときにはハンティのワンピースを着用し、頭にはプラトーク(ストール)をかぶります。ある30歳の女性は森にある夫の実家を訪問するときに、普段着用しない民族衣装に着替えました。彼女は「民族衣装も森の生活も嫌いだけど、義母に叱られるから」と言って、そのときだけ民族衣装をまとい、子供の頭にもプラトークをかぶせていました。
北方少数民族があまり民族衣装を着用しなくなったという現象は、ロシア化や衣服のグローバル化とまとめることができるかもしれません。しかし、そのときどきの衣服の選択には、現代ロシアを生きる少数民族がおかれている状況や、個人の民族、地域、職業、性別、世代への重層的なアイデンティティが表れていると思います。
ひとことハンティ語
単語:Йэрнас йонԓум
読み方:イェルナス ィオンスム
意味:私はワンピースを縫います。
使い方:ハンティの女性用のワンピースのことをイェルナスといいます。