日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第56回 『悪者』キャラのラベルについて

筆者:
2014年3月23日

前回述べたように,たとえば「密売する」「誘拐する」「着服する」「カンニングする」など,多くの動作表現はただ単純に「掟」破りの動作を描く。この動作は多くの人間が「魔がさして」「つい出来心で」「手を染め」得るものであり,「掟」を破る人間のキャラクタはぼやけている。

その一方で,「たくらむ」「かどわかす」「たぶらかす」「たらし込む」など,少数の動作表現は『悪者』にかぎった動作を描く。これらの動作表現は,「掟」破りの動作だけでなく,その動作を行う者を『悪者』キャラとして濃密に描いている。そしてこれも復習になるが,この『悪者』キャラのように動作を通して描かれるキャラクタを私たちは「表現キャラクタ」と呼び,それを描くことばを「キャラクタ動作の表現」と呼んでいるのだった(本編第47回)。

ここでついでに,『幼児』的な『男』キャラを表す「坊っちゃん」ということばのように,キャラクタを直接描くことばについても見てみよう。これまた復習になるが,このようなことばを私たちは「キャラクタのラベル」と呼び,描かれるキャラクタを「ラベルづけされたキャラクタ」と呼んでいるのだった(本編第44回)。

「密売する」「誘拐する」「着服する」「カンニングする」などと同じように,「密売人」「誘拐犯」,さらに「着服する側」「カンニングする人間」といったことばはただ単純に「掟」を破る者を描いている。

その一方,やはり「たくらむ」「かどわかす」「たぶらかす」「たらし込む」などと同様,少数の名詞は『悪者』だけを指す。

それらの名詞の一部を,我々はすでに見ている。報道番組という文脈で「男」や「女」と呼ばれるのが『悪者』だということは前回触れたところである。第一,「悪者」ということば自体,単なる「違反者」とは違って,何やらスジ金入りの風格を感じさせるではないか。

「このたび,議員として国政に携わることに」と聞いて「おめでとうございます。あなたもすっかり名士になりすまされて」「まんまと国会に入り込まれたわけですな」などと答えればどうなるか? きっと,こわーいことになるだろう。「なりすます」(補遺第37回)や「まんまと~する」は,『悪者』キャラを表す,キャラクタ動作の表現である。

「あ,○○さんも私の友達ですよ」と言われて「へぇ,○○さんも一味ですか」と応じたり,「部下の××君をご紹介しましょう」と言われて「ああ,手下がいらっしゃる」と返したりすればどうなるか? これもきっと,こわーいことになるだろう。「一味」「手下」は,『悪者』キャラのラベルである。

では,『悪者』キャラの役割語はどのようなものだろうか? つまり,『悪者』という発話キャラクタに特有のしゃべり方とは,どのようなものだろうか?――この問いは,ずっと昔に答えた問いである。だが,ここでもう一度考えてみよう。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。