前回述べたように,たとえば「密売する」「誘拐する」「着服する」「カンニングする」など,多くの動作表現はただ単純に「掟」破りの動作を描く。この動作は多くの人間が「魔がさして」「つい出来心で」「手を染め」得るものであり,「掟」を破る人間のキャラクタはぼやけている。
その一方で,「たくらむ」「かどわかす」「たぶらかす」「たらし込む」など,少数の動作表現は『悪者』にかぎった動作を描く。これらの動作表現は,「掟」破りの動作だけでなく,その動作を行う者を『悪者』キャラとして濃密に描いている。そしてこれも復習になるが,この『悪者』キャラのように動作を通して描かれるキャラクタを私たちは「表現キャラクタ」と呼び,それを描くことばを「キャラクタ動作の表現」と呼んでいるのだった(本編第47回)。
ここでついでに,『幼児』的な『男』キャラを表す「坊っちゃん」ということばのように,キャラクタを直接描くことばについても見てみよう。これまた復習になるが,このようなことばを私たちは「キャラクタのラベル」と呼び,描かれるキャラクタを「ラベルづけされたキャラクタ」と呼んでいるのだった(本編第44回)。
「密売する」「誘拐する」「着服する」「カンニングする」などと同じように,「密売人」「誘拐犯」,さらに「着服する側」「カンニングする人間」といったことばはただ単純に「掟」を破る者を描いている。
その一方,やはり「たくらむ」「かどわかす」「たぶらかす」「たらし込む」などと同様,少数の名詞は『悪者』だけを指す。
それらの名詞の一部を,我々はすでに見ている。報道番組という文脈で「男」や「女」と呼ばれるのが『悪者』だということは前回触れたところである。第一,「悪者」ということば自体,単なる「違反者」とは違って,何やらスジ金入りの風格を感じさせるではないか。
「このたび,議員として国政に携わることに」と聞いて「おめでとうございます。あなたもすっかり名士になりすまされて」「まんまと国会に入り込まれたわけですな」などと答えればどうなるか? きっと,こわーいことになるだろう。「なりすます」(補遺第37回)や「まんまと~する」は,『悪者』キャラを表す,キャラクタ動作の表現である。
「あ,○○さんも私の友達ですよ」と言われて「へぇ,○○さんも一味ですか」と応じたり,「部下の××君をご紹介しましょう」と言われて「ああ,手下がいらっしゃる」と返したりすればどうなるか? これもきっと,こわーいことになるだろう。「一味」「手下」は,『悪者』キャラのラベルである。
では,『悪者』キャラの役割語はどのようなものだろうか? つまり,『悪者』という発話キャラクタに特有のしゃべり方とは,どのようなものだろうか?――この問いは,ずっと昔に答えた問いである。だが,ここでもう一度考えてみよう。