鈴木マキコ(夏石鈴子)さんに聞く、新明解国語辞典の楽しみ方

新明解国語辞典を読むために その6 ふたたび追記

筆者:
2022年6月10日

前回の追記)

 

先日「軽犯罪」を引いてみました。犯罪に軽が付くと、それは一体どういう犯罪なのかと軽い興味がありました。

八版の語釈です。

p.458「けいはんざい【軽犯罪】」

風呂場・便所ののぞき見は、ぜひ止めて欲しい。語釈の「ぜひ」の使い方、上手いです。「絶対」ではないところに味がある。

で、「軽犯罪は風呂場・便所ののぞき見、無許可の張紙だけなのか?」と、疑問を持つことは大事です。ぜひ、これまでの版にも当ってみましょう。

 

初版から四版までの語釈です。

四版「けいはんざい【軽犯罪】」

四版の時代も、風呂場・便所ののぞき見、無許可張紙は軽犯罪だったと思う。五版から急に軽犯罪になったわけではないでしょう。でも、初版(昭和47年1月24日)から四版(平成元年11月10日)の間では、軽犯罪の代表は「映画館内の喫煙」だったのです。映画館に行く人の数も、喫煙者の数も多かったことでしょう。「あっ!」と思った変化でした。

 

「鬼」の用例に「鬼婆」があったのですが、「新解さん見守り人」から、「鬼爺は、いないのですね」と、優しい口調で大変鋭いご指摘をいただきました。

そうです。誰も嫌な爺に「この鬼爺め!」などとは言わない。なぜ? それは、最初から鬼には爺の気配が濃厚だから、あえて「鬼爺」と言う必要がないからでは、ありませんか? 子鬼は、なんとなく像をつかみやすい。「鬼女」は、「般若」として存在が別にある。そのため、爺としてイメージされやすい「鬼」に、「いやいや、女だって同じように鬼婆は成立するよ」と、この言葉があるのでしょう。鬼婆って、若い頃は何だったのかな、と考えました。鬼嫁かもしれません。この女の人、ずっと鬼なのです。困りました。

 

(つづく)

筆者プロフィール

鈴木マキコ ( すずき・まきこ)

作家・新解さん友の会会長
1963年東京生まれ。上智大学短期大学部英語学科卒業。97年、「夏石鈴子」のペンネームで『バイブを買いに』(角川文庫)を発表。エッセイ集に『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』(以上、角川文庫)『虹色ドロップ』(ポプラ社)、小説に『いらっしゃいませ』『愛情日誌』(以上、角川文庫)『夏の力道山』(筑摩書房)など。短編集『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』(小学館文庫)は、盛岡さわや書店主催の「さわベス2017」文庫編1位に選ばれた。近著に小説『おめでたい女』(小学館)。

 

編集部から

『新明解国語辞典』の略称は「新明国」。実際に三省堂社内では長くそのように呼び慣わしています。しかし、1996年に刊行されベストセラーとなった赤瀬川原平さんの『新解さんの謎』(文藝春秋刊)以来、世の中では「新解さん」という呼び名が大きく広まりました。その『新解さんの謎』に「SM君」として登場し、この本の誕生のきっかけとなったのが、鈴木マキコさん。鈴木さんは中学生の時に出会って以来、長く『新明解国語辞典』を引き続け、夏石鈴子として『新解さんの読み方』『新解さんリターンズ』を執筆、また「新解さん友の会」会長としての活動も続け、第八版が出た直後には早速「文春オンライン」に記事を書いてくださいました。読者と版元というそれぞれの立場から、これまでなかなかお話しする機会が持ちづらいことがありましたが、ぜひ一度お話しをうかがいたく、このたびお声掛けし、対談を引き受けていただきました。「新解さん」誕生のきっかけ、その読み方のコツ、楽しみ方、「新解さん友の会」とは何か、赤瀬川原平さんとの出会い等々、3回に分けて対談を掲載いたしました。その後、鈴木さん自身による「新解さん」の解説記事を掲載しております。ひきつづき、どうぞお楽しみください。