学生:先生、なぜフランス語には男性名詞と女性名詞があるんですか? 単語の意味だけじゃなく、いちいち男性名詞か女性名詞かも覚えなくてはならないので大変です。
先生:名詞に性があるのはフランス語だけじゃなくて、インド=ヨーロッパ語族の多くの言語も同様だけどね。男性/女性で名詞につく冠詞や形容詞なども変わってくるし、確かにやっかいだけど、これは覚えるしかない。
学生:そもそも男女の区別がない事物も男性/女性に分類されるなんて変じゃないですか。「絵画」peinture は女性名詞、「芸術」art は男性名詞。「ビール」bière は女性だけど、「ワイン」vin は男性とか。いったい何を基準にして男女に分かれているのでしょうか。
先生:無生物についての男性/女性の割り当ては恣意的で、性と単語の意味とは関係ないんだよ。男性/女性といっても、それは文法的な約束事でしかなく、雌雄の性別とは別物と考えなくてはならないんだ。
学生:そうなんですか。でも「月」lune が女性名詞で「太陽」soleil は男性名詞とかは、男性と女性のイメージと重なるようにも思うのですが。
先生:確かに、そういった対でとらえられるようなものは男性/女性の類推が働いているようにも思えるのだけど、同じものを指していても、言語によって異なる性が割り当てられていることもあるよ。フランス語とは逆にドイツ語では「月」Mond は男性名詞で、「太陽」Sonne は女性名詞だね。「死」はフランス語では mort で女性名詞だけど、ドイツ語だと Tod で男性名詞。同じフランス語でも、英語からの借用語 job は、フランスのフランス語だと男性名詞だけど、ケベックのフランス語では女性名詞。またフランス語で mur と muraille はどちらも「壁」を指すけど、mur は男性名詞で、muraille は女性名詞。「川」を指す rivière は女性名詞だけど、fleuve は男性名詞。「歌」を意味する chant は男性で、chanson は女性。フランス語で無生物を指す名詞の男性/女性の区別は、その語の意味から論理的に導き出すことはできないんだよ。
学生:ムチャクチャですね。このデタラメな性の振り分けは何に由来するのでしょうか?
先生:フランス語を含むヨーロッパの言語の大半は、今から 5000~6000 年前にユーラシア大陸の黒海付近で話されていたインド=ヨーロッパ祖語までさかのぼることができる。インド=ヨーロッパ祖語において、名詞は男性/女性/中性の3つのカテゴリーに分類されていたと推定されているんだ。この3つのカテゴリーのうち、男性/女性は雌雄のある生物を示す名詞に用いられ、無生物名詞は中性のカテゴリーに登録されていたと考えられている。
学生:その分類はとてもクリアーじゃないですか。
先生:後に言語が変化して枝分かれする過程で、中性のカテゴリーに割り当てられていた無生物の名詞の一部が、男性/女性名詞に振り分けられた。なぜそんな振り分けが行われたかというと、無生物や抽象概念を言語で表現するにあたって、それらを擬人的にとらえ、男女のメタファーとして提示する精神の働きが作用した結果ではないかと考えられているんだ。フランス語の直接の先祖に当たるラテン語では、男性/女性/中性の3性の分類だけど、たとえば果実をつける樹木は女性的なものと考えられていて、ラテン語の樹木名は女性名詞だった。こんな具合に類推によって中性名詞だった多くの無生物名詞が、男性ないし女性名詞に振り分けられたのではないかと。
学生:フランス語には中性のカテゴリーはありませんよね。ラテン語の中性名詞はフランス語ではどうなったのでしょうか?
先生:そうだね。フランス語に限らず、ロマンス諸語の大半で中性のカテゴリーは消滅して、男性/女性の二本立てになったんだ。フランス語の名詞の性は、基本的にラテン語の名詞の性の分類を引き継いだんだ。ラテン語の中性名詞の多くはフランス語では男性名詞に組み込まれたし、ラテン語の女性名詞には -a で終わる語が多くあるんだけど、これらは -e で終わる女性名詞になっている。その一方で、ラテン語からフランス語になった段階で性が変わったものもかなりある。
学生:どうしてでしょうか?
先生:ラテン語の中性名詞の複数形の語尾は -a で終わっていて、これはフランス語では無音の -e に変化して残ったんだ。
学生:あれ、ラテン語の女性名詞も -a で終わる語が多いんですよね?
先生:うん、だから中性名詞のなかには複数形の語尾の形からの類推作用で、フランス語では女性名詞になった語がかなりあるんだよ。つまりラテン語の中性名詞のなかには複数形の -a の形がフランス語に残り、単数の意味になって女性名詞として定着した語があるんだ。たとえば、フランス語で「葉」を意味する feuille は女性名詞だけど、これはラテン語の中性名詞 folium の複数形の folia に由来するし、「武器」 arme はラテン語の armum の複数形の arma が語源だ。またラテン語では樹木名の多くは -us で終わる女性名詞だったのだけれど、この語尾が男性名詞の語尾だと考えられてフランス語では全て男性名詞に変わっている。
学生:フランス語の名詞の男性/女性名詞の振り分けには、こんな歴史的経緯があったんですね。面倒でも、やっぱり一つひとつ覚えておくしかないのかなあ。
先生:フランス語の歴史のなかでも、時代によって性が変わってしまった語はかなりあるよ[注1]。フランス語の無生物名詞については、意味から類推して男性名詞か女性名詞かを判断するのは難しいけれど、語尾の形である程度見当はつく。男性名詞の接尾辞、女性名詞の接尾辞というのがあるから。
学生:え、たとえばどんなのですか?
先生:たとえば、-age、-ement、-isme で終わる語は男性名詞だし、-sion、-tion、-té で終わる語は女性名詞だね。他にもたくさんあるんだけど。
学生:「旅行」voyage、「顔」visage、「変化」changement、「服」vêtement、「フェミニズム」féminisme、「共産主義」communismeは男性名詞。「結論」conclusion、「印象」impression、「国」nation、「位置」position、「活動」activité、「真実」véritéは女性名詞。本当だ。
先生:他にもいくつか性を判断する手がかりになるものはあるんだけど、学び始めはそもそもボキャブラリーがないから、単語ごとに一つひとつ男性/女性を覚えていくのが実は効率がいいかもしれないね。
[参考文献]
- VIOLI, P., « Les Origines du genre grammatical », Langage, t. 21, no 85, 1987, pp. 15-34.
- JEANMARIE, G., « Vox populi vox dei ? L’indentification du genre grammatical en français », Langue française, no168, 2010/4, pp. 71-86.
- GREVISSE, M., Le Bon usage. Grammaire française, refondue par André Goosse, Duculot, 1993 (13e éd.), §458 et seq.
- PERRE, M., Introduction à l'histoire de la langue française, Armand Colin, 2007 (3e éd.), pp. 118-119.
- 大橋保夫『フランス語とはどういう言語か』駿河台出版社, 1993, pp. 7-16.
- 石野好一『フランス語を知る、ことばを考える』朝日出版社, 2007年, pp. 43-57.
[注]