歴史で謎解き!フランス語文法

第6回 フランス語の否定文は特殊なの?

2019年9月20日

学生:今日のフランス語の授業で「否定文」を習ったのですが、英語だと not だけで否定の意味を表すところ、フランス語では ne... pas とわざわざ2つの語を使うのですね。何か新鮮です。

 

先生:いくつか他の言語に目を向けてみると、1語で否定を表す言語の方が多い印象だよね。

仏:Je ne suis pas étudiant.
伊:Io non sono studente.
西:Yo no soy estudiante.
英:I'm not student.
独:Ich bin nicht Student.

 

学生:どうしてフランス語は、2語を使うのでしょうか。

 

先生:実は、元々フランス語も1語だけで否定文を作っていたんだよ。古フランス語では、動詞の前に nenen をつけるだけで文に否定の意味合いを持たせることができたんだ。これらは古典ラテン語の non に由来していて、子音の前では ne、母音の前では nenn' が使われていたんだよ。

 

学生:nenen だけで否定を表すのなら、pas は何を意味しているのでしょうか。

 

先生:pas は、現代フランス語にもある「歩、歩み」のことで、否定を強調するために使われた語だよ。さっきも言ったように、古フランス語では nenen といった1語だけで否定文を作っていたんだけど、11世紀以降になると nenen だけで「否定」を表すのが弱いと感じられるようになった[注1]。そこで、ごく小さな数量や分量を示す語を nenen と一緒に用いることで、否定のニュアンスを強調するようになるんだ。たとえば ne... pas は直訳すると「一歩も…ない」という意味で、古フランス語ではもともと移動を示す動詞と使われることが多かった。Il ne vient pas. というと「彼はもう一歩も進むことができない」みたいな意味だったんだよ。日本語で考えても、「もう歩けない」というよりかは「もう『一歩も』歩けない」という方が、歩く力が残っていない感じが強調されるよね。

 

学生:確かに「一歩」のあるなしでは印象が大きく変わりますね。

 

学生:ちなみに、先ほど「小さな分量を示す語」とおっしゃいましたが、pas 以外にも何か強調に使われている語があったのでしょうか?

 

先生:古フランス語にはたくさんあったね。たとえば、名詞の mie(パンくずひとかけら)とか。Il ne manjue mie. だと「彼はパンくずひとかけらも食べていない」。他にも否定辞の ne と組み合わせて、gote(一滴も…ない)とか point(一点も…ない)とか。prisier「評価する」とか valoir「価値がある」といった動詞には、否定辞 ne との組み合わせで、un pois(えんどう豆一粒ほども…ない)、un ail(ニンニク一片ほども…ない)、un cive(ねぎ一本ほども…ない)、un festu(わらしべ一本ほども…ない)といった否定表現のバリエーションがあったんだ[注2]。否定を強調するこれらの語は、最初の頃は動詞の意味に合わせて使われていたのだけれど、次第にもとの名詞の意味とは関係なく、否定を示す文法的機能語となっていったんだよ。そうした表現のほとんどは現代語には残らなかったんだけど。

 

学生:そうだったんですか。つまり、古フランス語の段階では nenen だけで否定文を作っていたところ、否定を強調するために pas, gote, mieなどの名詞を後につけ、その形態が現在にまで残っているというわけですね。

 

先生:まとめるとそうなるね。ちなみに現代フランス語では ne... pas と2つの要素を使わないで、pas だけで否定を表すことがよくあるね。特に口語では ne が省略される場合が多い。Je ne sais pas. → Je sais pas. という風にね。この ne の省略は現代フランス語では顕著なんだけれど、実は17世紀初頭から確認されているんだ[注3]

 

学生:フランス語の否定は最初は ne だけ、それから ne... pas などの2つの要素を使うようになって、そして pas だけを使うという具合に変化していったのですね。

[注]

  1. RAY, Alain, Le Dictionnaire Historique de la langue française, Le Robert, p.2353.
  2. RAYNAUD DE LAGE, Guy, Introduction à l'ancien français, Sedes, Paris, p.237.
  3. MARCHELLO-NIZIA, Christiane, « Le Français dans l'histoire », in Le Grand Livre de la langue française, dir. Marina Yaguello, Paris, Seuil, 2003, p.64.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生(五十音順)の3名。別々の分野の研究者である3人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学嘱託講師。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

編集部から

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