歴史で謎解き!フランス語文法

第5回 名詞の複数形を示すのに « x » を使うのはなぜ?

2019年8月16日

フランス語を学んでいる皆さん、名詞の複数形を瞬時に作れますか? 複雑で例外も多く、一筋縄ではいかない複数形。「語末に « s » をつけるだけならよかったのに!」と思った方も多いはず。そのモヤモヤ、歴史文法派の先生に解消してもらいましょう。

 

学生:先生、質問があります。現代フランス語では複数形に « s » をつけると学びましたが、「お菓子」un gâteau を複数形にすると des gâteaux になりますよね。どうして des « gâteaus » とはならないのでしょう? « x » はどこから出てきたのですか?

 

先生:「馬」を意味する un cheval も、複数形にすると des chevaux になるよね。 un gâteau, un cheval, それぞれ単数形の形は違うのに、複数形になると « x » がつく……。不思議だね。でも、実は cheval と同じく、gâteau も昔は語尾が -l で終わっていたんだ。

 

学生:えっ、本当ですか?

 

先生:もちろん本当さ。古フランス語では gastel, gastels と綴られていたんだ。cheval も同じく古フランス語では cheval, chevals と綴られているので、同じような語尾を持っていたとわかるでしょ。そして、当時は複数形の記号に « x » が使われておらず、« s » が使われていたよ。

 

学生:ということは、« x » は後世になって使われるようになったということですね。

 

先生:そのとおり。« x » が使用される前の段階として、chevalschevaus の変化がある。古フランス語の流音 [l] は、後に子音がある場合は母音化して [u] に変化したから、このような綴りになったんだ[注1]。ただ、gastels に関しては、gastelsgastealsgasteaus という変化をたどったよ。[l] が母音化して [u] となったときに [ɛ] と [u] をつなぐ渡り音として [a] が挿入されたんだ[注2]

 

学生:むむ、2つの単語はそれぞれ異なる変化をとげているのですか……。何ともややこしいですね。

 

先生:ここからいよいよ « x » が登場するから、もうちょっと頑張って。chevaus, gasteaus まで変化してきたお二方だけど、ラテン語や古フランス語の写本では -us の略号として « x » が使われることがあり、-ax という綴りで [aus] と読んでいたんだ。[注3]。だから、複数形はchevax, gasteaxと綴られた。ところが時代が下ると、« x » が -us の略であるということが忘れられてしまい、« x » が複数形の -s に対応するものと誤解されるようになる。結果、綴りの中に « u » が戻って chevaux, gasteaux と綴られるようになったのさ[注4]

 

学生:複数形で -x が使われるのは、そういった歴史的な事情があったからなんですね。でも、単数形の場合、なぜ cheval は古い語尾が残っているのに、gastel は -au に変わってしまったのでしょうか?

 

先生:16世紀になると、単数形と複数形の語根をできるだけ同一のものにそろえようという動きが強くなった。それで不規則な複数形をもつ名詞のなかには、単数形が複数形に合わせて形を変えられたものがあったよ。だから、gastel については複数形の gasteaux に合わせて語形が gasteau になったわけ。当時は、現代フランス語で単数形が -al で終わっている名詞、たとえば animal(動物)を複数形に合わせて animau と書いている例もあるんだ[注5]。この変更で統一が取れていないのが自然言語の面白いところで、gâteau, agneau, château のように複数形に合わせて単数形の形が変わったものもあれば、cheval, animal のように変更を免れたものもあるんだよ。

 

学生:gasteaux の方は、s がアクサン・シルコンフレクスに変化して、現代フランス語では gâteaux と綴られていますよね?

 

先生:無声子音の前の [s] は11-12世紀には発音されなくなっていたんだ。そして、発音されなくなった [s] は18世紀にアクサン・シルコンフレクスに置き換わった。面白いことに [s] が発音されなくなってもう何世紀もたっていたのに、18世紀の終わりまではこの消失した [s] の分だけ、その直前の母音は長く発音されていたんだよ。

 

学生:歴史の中でのフランス語の変化の痕跡が綴りに残っているのですね。先生、どうもありがとうございました。

[注]

  1. RAYNAUD DE LAGE, Guy, Introduction à l'ancien français, SEDES, Paris, 1990, p.25.
  2. 島岡茂『古フランス語文法』大学書林, 1982, p.38.
  3. RAYNAUD DE LAGE, op.cit., p.12.
  4. HUCHON, Mireille, Histoire de la langue française, Paris, LGF, 2002, p.73.
  5. HUCHON, ibid., p.159.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生(五十音順)の3名。別々の分野の研究者である3人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学嘱託講師。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

編集部から

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