『日本国語大辞典』をよむ

第124回 飛行機・編み機・草刈り機

筆者:
2024年11月24日

こどもが動物園で初めてカバを見て、「これは何?」と聞いた時に、大人が「カバだよ」と答える場面を想定してみましょう。この場合「カバ」という語によって指し示されている具体的な動物=「モノ」がそこにいるカバですが、「カバ」はそこにいる動物のみに与えられている名前ではなく、同じような動物全体を指す「語」です。その動物園にカバが2頭いたとして、それぞれに「カバ1」「カバ2」という名前をつけていくのではなく、どれも「カバ」という動物としてとらえるということですが、ここでは「カバ」という語があって、その語に対応する「具体的なモノ」がある、ということに話題を絞りたいと思います。

「ことばは世界をのぞく窓」という表現がありますが、カバという動物がいるから「カバ」という語がある。「カバ」という語があることによって、カバという動物が、その言語体系の中に存在するようになる、これはたしかなことです。今回は「語」とその「指示対象=語が指し示すモノ」との関係について考えてみましょう。

「クサカリキ」という語は現代日本語でごく一般的に使われています。「アミキ」も使われていると思いますが、使われる頻度は「クサカリキ」ほどではないかもしれません。『朝日新聞』の1985年以降の記事に「編み機」で検索をかけると455件、「編機」で検索をかけると130件のヒットがありますが、「草刈り機」で検索をかけると1,366件、「草刈機」で検索をかけると171件のヒットがあり、少し使用頻度に差があるようにみえます。(編集部注:ヒット数は原稿執筆当時のもの)みなさんもすぐに予想がつくと思いますが、それは編み機がひろく使われていないことが理由でしょう。日常生活で編み機がよく使われるのであれば、編み機が話題になることが多くなります。当然「アミキ」という語が使われる頻度があがります。

さて『日本国語大辞典』の見出し「あみき」「くさかりき」はどのように記述されているでしょうか。

あみき【編機】〔名〕編み物をする機械。

くさかりき【草刈機】〔名〕草を刈り取るのに用いる機械。螺旋状に巻いた数枚の刃の回転によるものと、多数の三角形の刃の速やかな往復運動によるものとがある。*がらくた博物館〔1975〕〈大庭みな子〉よろず修繕屋の妻「草刈機なんかも、売っているようなのではない、石ころをとりのけたり特別長い草を鋏でちょんと切ったりできるようなのよ」

見出し「あみき」は語釈も簡単で使用例も示されていません。見出し「くさかりき」には大庭みな子が1975年に発表した『がらくた博物館』における使用例が掲げられています。

「アミキ」「クサカリキ」は「アミ+機」「クサカリ+機」と分解できます。「アミ」「クサカリ」は和語で「キ」は漢語なので、和語と漢語との複合語です。漢語「機」が「~機」のかたちでひろく使われるようになって、あまり多くはない、「アミキ」「クサカリキ」という和語と漢語との複合語が使われるようになったと思われます。「機」はもちろん「キカイ(機械)」の「キ(機)」ですから、最初は「ヒコウキ(飛行機)」のような大型の機械をあらわす語の一部として使われ始めたはずです。「ヒコウキ」について言えば、「ヒコウキ」の前には「クウチュウヒコウキ」という語が使われていました。『日本国語大辞典』の見出し「くうちゅうひこうき」には1891(明治24)年9月19日の『郵便報知新聞』の記事、夏目漱石『三四郎』(1908年)、永井荷風『冷笑』(1909~1910年)の使用例が掲げられています。『郵便報知新聞』と夏目漱石は「空中飛行器」、永井荷風は「空中飛行機」と文字化しています。「クウチュウヒコウキ」という語は〈空中を飛行する機械〉という語構成にみえます。現在では「空飛ぶ車」がいろいろと話題になっていますが、「ソラトブクルマ」はまだ1つの語になっていないように感じます。実際に商品化されるようになったら、「飛行自動車」というような語ができそうですね。

話を戻しましょう。『読売新聞』の1971(昭和46)年4月17日の記事に、江戸川区がこの年の1月から「あき地をきれいにする条例」をスタートさせ、自動草刈り機5台を買い入れて、貸し出すサービスを始めたことが記されています。このあたりが草刈り機が日常生活において使われるようになった頃だとすると、大庭みな子の使用ともだいたい呼応することになりますね。

現在では「扇風機」はむしろ古くなりつつあり、「空気清浄機」や「食洗機」などさまざまな小型の機械が「~機」という名前で日常生活において使われるようになっています。ちなみにいえば、『日本国語大辞典』には「でんきせんぷうき(電気扇風機)」という見出しがあり、1922(大正11)年に出版されている『現代大辞典』の例があげられています。『日本国語大辞典』には「しょくせんき(食洗機)」という見出しがありません。第3版がつくられた時には見出しになっているのか、いないのか。そんなことを考えるのもおもしろいかもしれません。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。