『日本国語大辞典』をよむ

第137回 アラメ・カジメ・ウズフ

筆者:
2025年12月28日

紀貫之『土左日記』は承平5(935)年頃に成ったと考えられています。貫之は延長8(930)年から承平4(934)年にかけて、土佐国に国司として赴任しており、『土左日記』は、任期を終えた承平4年12月21日に土佐を出て、翌年2月16日に京に戻るまでの55日間の日記の体を採っています。貫之ら一行は12月29日には「おほみなと」に到着しますが、そこに1月8日まで滞在します。「元日」のくだりには「元日、なほおなじとまりなり。白散をあるもの、「よのま」とて、ふなやかたにさしはさめりければ、かぜにふきならさせて、うみにいれて、えのまずなりぬ。いもじ、あらめも、はがためもなし」(=元日、やはり同じ港にいる。白散を、ある者が「夜の間だけ」と船屋形に挟んでおいたら、風に吹かれて海に落ちてしまって飲めなくなってしまった。(正月なのに)芋の茎やアラメも歯固めもない)と記されています。『日本国語大辞典』は「はがため」を「正月の三が日(地方によって異同がある)鏡餠・大根・瓜・猪肉・鹿肉・押鮎などを食べて長命を願った行事」と説明しています。さて、「あらめ」ですが、『日本国語大辞典』には次のように記されています。『土左日記』の使用例もあげられていますが、『和名類聚抄』では漢語「滑海藻」に「アラメ(阿良米)」という「和名」が配されており、「荒布」という漢字列が使われてることもあったことが記されています。『平家物語』でも使われ、『日葡辞書』も見出しにしていますね。

あら‐め【荒布】〔名〕褐藻類コンブ科の海藻。宮城県以西の太平洋岸、および津軽海峡から九州までの日本海沿岸の干潮線下からやや深い所に生育する。生育地の水の深さに応じて高さ二メートルにも達する。黒褐色で葉を群生する。食用となるほか、アルギン酸、ヨードの原料とする。学名はEisenia bicyclis →かじめ。《季・夏》*正倉院文書‐天平宝字六年〔762〕閏一二月一〇日・奉写二部大般若経銭用帳(寧楽遺文)「六十文滑海藻十一束直」*十巻本和名類聚抄〔934頃〕九「海藻 〈略〉本朝令云滑海藻〈阿良米 俗用荒布〉」*土左日記〔935頃〕承平五年一月元日「いもじ、あらめも、はがためもなし」*平家物語〔13C前〕三・有王「片手にはあらめをひろいもち、片手には網うどに魚をもらふてもち」*日葡辞書〔1603~04〕「Arame (アラメ)〈訳〉海藻の一種」*俳諧・毛吹草〔1638〕二「五月〈略〉荒和布(アラメ)」*本朝食鑑〔1697〕三「荒布訓阿羅女(アラメ)」*博物図教授法〔1876~77〕〈安倍為任〉一「黒菜(アラメ)は海藻類にして南海中に多く産す其色黒し煮て食用とす味ひ甘味なり」

「かじめ」を参照するように指示があるので、見出し「かじめ」をみると次のように記されています。「アラメに似ている」とあります。やはり『和名類聚抄』にも記述があり、『義経記』でも使われ、『日葡辞書』も見出しにしています。「アラメ」も「カジメ」も、古くから日常生活と結びついていたのでしょう。

かじ‐め[かぢ‥]【搗布】〔名〕(「かちめ」とも)褐藻類コンブ科の海藻。本州中部の太平洋岸で水深五~四〇メートルの岩などに着生する。体は長さ一~二メートルに達し、アラメに似ているが、中空の円柱状で枝分かれしない短い茎がある。葉は左右に多数の小葉を羽状に分岐し、縁には鋸歯(きょし)がある。ヨードの原料や肥料にする。のろかじめ。あんらく。いぬた。あびらめ。あぶらめ。ごえい。あまた。さがらめ。うずふ。学名はEcklonia cava 《季・春》*十巻本和名類聚抄〔934頃〕九「海藻 本草云海藻〈邇歧米 俗用 和布字〉味苦鹹寒無毒者也 本朝令云滑海藻〈阿良米 俗用 荒布〉未滑海藻〈加知女 俗用 搗布槝者槝末之義也〉」*日蓮遺文‐神国王御書〔1275〕「わかめ・かちめ・みな一俵給了」*義経記〔室町中か〕七・如意の渡にて義経を弁慶打ち奉る事「浦の者ども、かちめといふものを潜(かづ)きけるを見給ひて」*日葡辞書〔1603~04〕「Cagime (カヂメ)」*料理物語〔1643〕二「磯草之部〈略〉搗和布(カヂメ)ひや汁、あぶりざかな」*和英語林集成(初版)〔1867〕「Kajime カヂメ 搗布」*改正増補和英語林集成〔1886〕「Kachime カチメ」

さて、「かじめ」の説明の末尾にはたくさんの(おそらく)異名があげられています。これらのうち、『日本国語大辞典』が見出しにしているのは、「のろかじめ」「いぬた」「さがらめ」「うずふ」ですが、なんと「いぬた」は「海藻「あらめ(荒布)」の異名」と説明されており、辞書内での説明が一貫していないようにみえます。魚のアイナメの異名としての「あぶらめ」は見出しとなっていますが、海藻としての記述はみられません。おそらく、ぬめぬめとした感じから「アブラメ(油布)」と呼ばれ、その母音交代形が「アビラメ」なのでしょう。「アンラク」「ゴエイ」は漢語風ですが、どんな語なのでしょうか。「うずふ」は見出しになっていて、漢字列「烏頭布」が示されていました。「ウズ」は「トリカブト類の根。有毒でアルカロイドの一種、アコニチンを含有し、痛風、脚気、利尿剤または殺虫剤、麻酔薬にする。アイヌはぶす(狂言「附子(ぶす)」で有名)として狩猟に使った」(『日本国語大辞典』)ものです。花の形をカラスの頭に見立てて「烏頭」と呼び、その根も同じように呼ぶようになったのでしょうか。このことからすると、「カジメ」が「ウズフ」と呼ばれるのは、茎の先端につく葉がカラスの頭のような形状をしているためだと推測できます。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。