新字の「坂」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「阪」も常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「阪」は、『説文解字』にも見られる古い漢字で、元の字体は、上図に示すようなものだったとされています。一方、新字の「坂」は、せいぜい北魏の時代までしか遡ることができず、やや新しい漢字だと考えられます。
昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、新字の「坂」と旧字の「阪」の両方を含む2528字が収録されていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「坂」と旧字の「阪」の両方が含まれていました。
ところが、昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表には、新字の「坂」は含まれていたものの、旧字の「阪」は含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「坂」は当用漢字になりました。
昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「坂」が収録されていたので、「坂」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「阪」は子供の名づけに使えなくなりました。
昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表には、新字の「坂」を含む1945字が収録されていました。旧字の「阪」は含まれていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「坂」は常用漢字になりました。しかし、旧字の「阪」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれませんでした。
平成12年12月8日、国語審議会は表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、「阪」を含む1022字の印刷標準字体が収録されていました。表外漢字字体表の前文を見てみましょう。
常用漢字及び常用漢字の異体字は対象外としてあるが、常用漢字の異体字であっても「阪(坂)」や「堺(界)」などは対象漢字とした。これらは使用頻度も高く、既に括弧内の常用漢字とは別字意識が生じていると判断されることを重視して対象漢字として残したものである。
平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「阪」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無かったものの、漢字出現頻度数の結果が6524回で、JIS第1水準漢字だったので、人名用漢字の追加候補となりました。
平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申し、9月27日の戸籍法施行規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。この結果、旧字の「阪」は人名用漢字になり、子供の名づけに使えるようになったのです。
平成22年6月7日、文化審議会が答申した改定常用漢字表2136字には、新字の「坂」と旧字の「阪」の両方が含まれていました。都道府県に使う漢字は、全て、改定常用漢字表に収録されることになったのです。11月30日に内閣告示された常用漢字表も、同様でした。それが現在も続いていて、新字の「坂」も旧字の「阪」も、どちらも出生届に書いてOKなのです。