漢字の現在

第177回 朝鮮半島の漢字

筆者:
2012年4月17日

韓国のテレビ番組では、ハングルやアラビア数字、ローマ字に交じって、画面上では漢字がわずかずつ見つかった。新聞の表記と共通している。接尾語、接頭語に1字使われることがあった。下記の「○」はハングルを表す。

 ○○中

この接尾語的な「中」は、便利なので、中国語でも使おうという動きがある。「戊戌中」のような用法も、古代の朝鮮半島に端を発したのではないかいう説がある。

 前○○

これは、KBSニュースで見た。韓国語では、「全」と同音であるための措置だろうか。

国名を短く表現するためにも、漢字は出現した。「北」はやはりニュース番組で、テロップに「北韓」(北朝鮮)の略称として用いられていた。「美」はアメリカであり、これは現代中国式だ。一方、フランスは「仏」など、歴史的な原因や地政学的な影響などによって、出自や伝来経路がまちまちとなっている。

テロップには、ハングル表記の文の先頭の字の上に、

 情(旧字体)

がゴシック体で現れた。このように一字漢語を漢字で表現するケースが今回、とても気になった。口頭語では意味がはっきりしないことと、同音語が多いためだろうか。


・統一展望台にて

ソウルから漢江(ハンガン)を沿って北へと向かう。ベトナムと違って、街中には寺院が見当たらないため、仏教に関わる漢字が見当たらない。かつて、朱子学が席巻した時代に、山中へと移ったのだという。日本のように、奈良・京都に限らず、民家と寺社とが混在するという風景がない。院生時代の旧友が自由路を通って38度線近くまで連れて行ってくれるという。なお、韓国語では友人を親旧(チング)とも言う。固有語のトンムには珍しく「同務」という当て字がなされることがあったが、北で中国の「同志」のような意味で使われるようになったものだ。

韓国の人なので、いろいろ解説してくれる。走行中の「自由路」は韓国語では「自由へ」という語と同音だ。並行して「統一路」も通っているそうで、そちらは「統一へ」という意味だが、それらの道路は今は韓国側にしかないそうだ。

道路沿いの看板に「名品」

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【 道路沿いの看板に「名品」】

まっすぐなその道路に沿って看板が立っている。そこまでの区間では、稀に「名品」などの漢字が見られる(写真)。以前、やはり道路脇で、「自尊(やはりソはハ)心」と書かれたポットの看板を見たことを思い出す。あれは、国産品を買おうというスローガンとのことだった。

38度線の近くに降り立つ。正確には軍事境界線、その向こうは、日本と国交のない北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国だ。かつてはパスポートにも、渡航不可の由が明記されていて、厳しい現実を思い知ったものだ。政治と軍事の現実を目の当たりにする統一展望台は、基本的に民間人の地域だそうで、所々に軍用施設はあるものの、板門店のような軍人の対峙は見られなかった。看板には、

 「軍事作戰地域」

 「民間人出入禁止」

と記されている。この語順から見て、これらはここを訪れる中国人向けではなく、主に日本人向けの看板であるようだ。ただ、ベトナムや恐らく北朝鮮と違って韓国では、漢字を(字種は限定されていたとしても)読み書きできる人がかなりの割合でいる。「出入(でいり)」も、漢語でシュツニュウが古くからあり、韓国では字音語として採り入れられている。漢字使用が行われていたころの表示が残っていたり、ある種の効果を狙ったものが日本のようにあるのならば、これらも自国語で自国民向けに書いたという可能性もある。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。