人名用漢字の新字旧字

第24回「痩」と「瘦」

筆者:
2008年11月20日

旧字の「瘦」は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。でも、新字の「痩」は、子供の名づけに使えません。旧字の「瘦」は出生届に書いてOKですが、新字の「痩」はダメ。けれども本当は、新字の「痩」も、人名用漢字になれるはずだったのです。

平成16年2月20日、経済産業省は、漢字コード規格JIS X 0213を改正しました。 表外漢字字体表(平成12年12月8日国語審議会答申)に対応させるためです。元々JIS X 0213には、新字の「痩」しか掲載されていなかったのですが、この改正で第3水準漢字に、旧字の「瘦」を含む10字が追加されました。表外漢字字体表の印刷標準字体と簡易慣用字体に、「瘦」と「痩」がそれぞれ収録されており、 JIS X 0213に「瘦」と「痩」の両方を掲載しなければならなかったからです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、 1ヶ月前に改正されたばかりのJIS X 0213、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「痩」は、JIS X 0213の第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が342回でしたから、文句なしに人名用漢字の追加候補となりました。そして平成16年6月11日、人名用漢字部会は、新字の「痩」を含む578字の追加案を公開したのです。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

ところが、7月23日の人名用漢字部会では、新字の「痩」が議題にのぼりました。「痩」は表外漢字字体表の簡易慣用字体なので、印刷標準字体の「瘦」に差し替えるべきではないか、というのです。旧字の「瘦」は、 JIS X 0213の第3水準漢字に追加されたばかりでしたが、出現頻度は1004回もありました。追加候補選定基準を厳密に適用するならば、新字の「痩」と旧字の「瘦」は、両方とも追加候補になるべきだったのですが、人名用漢字部会は「痩」を「瘦」に差し替えることを決めました。

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を、法務大臣に答申しました。この488字の中に、旧字の「瘦」は含まれていましたが、新字の「痩」は含まれていませんでした。 3週間後の9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧字の「瘦」は人名用漢字になりましたが、新字の「痩」は人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、旧字の「瘦」は出生届に書いてOKですが、新字の「痩」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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