新字の「餅」と旧字の「餠」の関係は複雑です。へんの部分を新字旧字のどちらにするか、つくりの部分を新字旧字のどちらにするかで、合計4種類の組み合わせが考えられます。つまり、へんもつくりも新字の「餅」、へんが旧字でつくりが新字(いわば旧新字)の「餅」、へんが新字でつくりが旧字(いわば新旧字)の「餠」、へんもつくりも旧字の「餠」、の4種類がありえるのです。
これら4種類のうち、子供の名づけに使えるのは、へんが旧字でつくりが新字(いわば旧新字)の「餅」だけ。他の3種類は子供の名づけに使えません。新字の「餅」でも旧字の「餠」でもなく、いわば旧新字の「餅」だけが、出生届に書いてOKなのです。どうしてそんなことになってしまったのでしょう。
平成12年12月8日、国語審議会は表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体が収録されていました。この中に、旧新字の「餅」が含まれていました。というのも、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査では、新字の「餅」は4回、旧新字の「餅」は1206回、新旧字の「餠」は0回、旧字の「餠」は5回という出現頻度だったからです。この調査結果にもとづき、印刷物には旧新字の「餅」を用いる方が望ましい、と、国語審議会は文部大臣に答申したのです。
当時最新の漢字コード規格JIS X 0213 (平成12年1月20日制定)には、第1水準漢字に新字の「餅」が、第2水準漢字に旧字の「餠」が掲載されていました。文化庁は、漢字コード規格に表外漢字字体表を反映させるよう経済産業省にはたらきかけ、経済産業省は平成13年5月22日、日本規格協会情報技術標準化研究センターのもとでJCS委員会を発足させました。JCS委員会はJIS X 0213に対し、168字の字形変更と10字の漢字追加を決定し、それにもとづいて、平成16年2月20日にJIS X 0213は改正されました。改正後のJIS X 0213には、新字の「餅」の代わりに、旧新字の「餅」が第1水準漢字に掲載されていました。旧字の「餠」は、そのまま第2水準漢字に残されました。
平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、1ヶ月前に改正されたばかりのJIS X 0213、文化庁がおこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧新字の「餅」は、JIS X 0213の第1水準漢字で、出現頻度が1206回でしたから、文句なしに人名用漢字の追加候補となりました。旧字の「餠」は、JIS X 0213の第2水準漢字で、出現頻度が5回しかなかったため、人名用漢字の追加候補になれませんでした。新字の「餅」や新旧字の「餠」は、JIS X 0213には掲載されていなかったので、審議の対象にすらなりませんでした。
平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を、法務大臣に答申しました。この488字の中に、旧新字の「餅」は含まれていましたが、新字の「餅」も新旧字の「餠」も旧字の「餠」も含まれていませんでした。3週間後の9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧新字の「餅」は人名用漢字になりましたが、他の3種類は人名用漢字になれませんでした。ちなみに、文化審議会が先月1月29日に承認した「新常用漢字表(仮称)」に関する試案では、旧新字の「餅」が新たに常用漢字に追加される予定となっています。その時、他の3種類はどうなるんでしょうね。