旧字の「萬」は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。新字の「万」は常用漢字なので、やはり子供の名づけに使うことができます。つまり、「万」も「萬」も出生届に書いてOK。でも「萬」が人名用漢字になるまでには、かなり長い時間が必要だったのです。
昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表を答申しました。この時点の当用漢字表は手書きのガリ版刷りでしたが、新字の「万」が収録されていて、直後にカッコ書きで旧字の「萬」が添えられていました。つまり、「万(萬)」となっていたわけです。ただし、この「萬」は、くさかんむりの真ん中が開いた字体になっていました。国語審議会が答申した当用漢字表では、くさかんむりは全て、真ん中が開いた4画の字体だったのです。
翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表でも、やはり「万(萬)」となっていましたが、「萬」のくさかんむりの真ん中はつながっていました。印刷局が官報に使った活字が、たまたまそういう字体だったのです。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「万」が収録されていましたので、「万」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。ただし、旧字の「萬」はあくまで参考として当用漢字表に添えられたものでしたから、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。この時点では、新字の「万」はOKだけど、旧字の「萬」はダメだったのです。そして、そのまま半世紀が過ぎました。
法制審議会は平成16年2月10日の総会で、人名用漢字の見直しを決定、人名用漢字部会を発足させました。3月26日に発足した人名用漢字部会では、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。平成16年8月25日、人名用漢字部会は、人名用漢字の追加候補488字を選定し、法制審議会に報告しました。この488字の中に、旧字の「萬」が含まれていました。「萬」は、出現頻度が286回で、全国50法務局のうち6以上の管区で出生届を拒否されたことがあって、しかもJIS X 0213の第2水準漢字だったので、追加候補となったのです。ただし、「萬」のくさかんむりの真ん中はつながっていました。JIS X 0213に掲載されていた「萬」が、たまたまそういう字体だったからです。
報告を受けた法制審議会は、平成16年9月8日の総会で、追加候補488字をそのまま法務大臣への答申としました。そして平成16年9月27日、戸籍法施行規則が改正され、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。新字の「万」に遅れること56年あまり、やっと旧字の「萬」は子供の名づけに使えるようになったのです。この結果、現在では、新字の「万」と旧字の「萬」、どちらも出生届に書いてOK。ただし、人名用漢字の「萬」のくさかんむりの真ん中はつながっているのです。