(第2回からつづく)
最高裁への許可抗告
一方、最高裁判所への許可抗告は、過去の最高裁判例に対する違反を理由としてのみ、申立が可能です(民事訴訟法第337条)。ただし、過去の最高裁判例がない場合は、他の高裁判例との矛盾を指摘する、という形でも申立が可能です。そこで、「玻南」ちゃんの両親は、「曽」の最高裁判例(最高裁判所第三小法廷平成15年(許)第37号、平成15年12月25日決定)の解釈において、高裁判例の間で矛盾がある、という点を、許可抗告の申立理由としました。そして、「玻」の高裁決定(名古屋高等裁判所平成21年(ラ)第86号、平成21年10月27日決定)と明らかに矛盾する高裁判例として、「穹」を子供の名づけに認めた高裁決定(大阪高等裁判所平成19年(ラ)第486号、平成20年3月18日決定)を見つけました。
「穹」を認めた高裁決定では、おおむね以下の4つの理由から、「穹」が常用平易な文字だと判断しています。「穹」の画数が8画であり、比較的画数が少ないこと。「穹」が、「穴かんむりに弓」という単純かつ一般的な構成要素からなること。「蒼穹」「天穹」など、比較的使用されることの多い熟語に含まれていること。「穹」が、JIS X 0213の第2水準漢字であること。これら4つの理由から、「穹」はその筆記に格別困難が伴うものでもなく、他者に対する説明や他者による理解も容易であり、さらに、コンピュータによる戸籍事務にも何ら支障をきたすことはないので、「穹」を子供の名づけに使ってよい、と大阪高等裁判所は決定したのです。しかも、この高裁決定を受けて、法務省は平成21年4月30日に戸籍法施行規則を改正し、「穹」を人名用漢字に追加していました。
「玻南」ちゃんの両親は、大阪高裁決定の基準にしたがえば「玻」も常用平易だと判断されるはずだ、と考えました。「玻」の画数は9画で、「王へんに皮」で、「玻璃」という熟語に使われていて、JIS第2水準漢字なのですから。しかも、法制審議会人名用漢字部会の平成16年5月28日会議資料によれば、「穹」は漢字出現頻度数調査の結果が38回で要望法務局数3なのに対し、「玻」は出現頻度51回で要望法務局数4でした。つまり、名古屋高等裁判所で「玻」の即時抗告審が争われている間に、「玻」より頻度も要望も少ない「穹」を、法務省は人名用漢字に追加していたわけです。「穹」が常用平易だと判断されて人名用漢字に追加されたのなら、「玻」が常用平易でないという判断は間違っている、と両親は考え、それをもとに最高裁判所への許可抗告を申し立てたのです。
名古屋高裁の抗告許可
「玻南」ちゃんの両親の許可抗告申立に対し、名古屋高等裁判所は平成21年11月25日、抗告を許可しました。特別抗告は、憲法違反の申立があれば、ほぼ自動的に最高裁判所に送られるのに対して、許可抗告は、決定を下した高等裁判所の許可がなければ、最高裁判所には行けないのです。これで、「玻南ちゃん事件」の特別抗告と許可抗告は、最高裁判所での審理に付されることになりました。そして、現時点では審理が続いています。
(第4回「常用漢字表への追加提案」につづく)