さて、前回まで見てきた「本気(マジ)」という当て字は、とあるフレーズを伴うことがある。ことにこの表記が浸透した若年層において顕著だ。学生たちに「本気と書いて…?」と尋ねると、唱和するかのように「まじと読む」という声が決まって返ってくる。
先日開催された模擬講義でも、群馬県の中学2年生たちが元気よくそう答えてくれた。聞けば、たいてい漫画や本に書かれていたというほか、友達や誰かが話していたことから覚えたともいう。ゴロのよいこのフレーズを大学生たちからは漫画やアニメの「クレヨンしんちゃん」で見聞きしたという声も多く聞かれる。
若年層では、自己の決意を表す時などに使う「流行語」、また「決まり文句」「定説」であり、「当然」のものとなっているそうだ。「刷り込まれた」とも言う。前置きとも、漢字と意味は合っているとも評される。「本気と書いてマジと読む」という表現を昔から使っていたので、「ずっと正しい使い方だって錯覚していました」と告白する日本人男子学生もいるくらいである。さらにWEB上では、この表現から種々のバリエーションが生じている。
この表記は、「昭和世代の受け売り」と感じる学生もある。かの昭和を、明治時代などと同様に「昭和時代」と呼ぶ世代だ。昭和においては、たとえば永井豪の漫画『黒の獅士』1(1978)に、「まじに(傍点・3つ) 戦(たたか ルビ)ってみたかった!」とある。その直前、直後に、「本気(ほんき ルビ)か」、「真剣勝負(しんけんしようぶ ルビ)」とある。これが本作の発表当時におけるこの語の使用状況を表すとともに、こうした用例が後に表記上の何らかの影響を与えたという可能性も考えられよう。
なお、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』やこの連載を引いて下さりつつ、「本気(マジ)」についての好例を示すサイトも現れている。文字や表記に関する世上での、「いろいろあるんだな」、「そんなものいくらでもある」、「テキトーなものだ」、あるいは「奥が深いものだ」、「不思議なものだ」と言い放って事足れりとする風潮に抗い、事実を追いかけつづけることで、人々に少しでも気付いてもらうための「きっかけ」となれば、と思っての刊行であることは辞典の序文にも記したとおりである。さまざまな事象を掘り起こすことにより真実の解明が多くの方々の手によって、一段と進められるようになることを願っている。
さて、「本気(マジ)」はラーメン屋などの店名にもなっている。ここまで広まった要因は漫画の登場人物にあり(前回)、加藤実秋によるミステリー小説「インディゴの夜」とそれに基づくテレビドラマに出てきた「DJ本気(maji)」も登場人物の名だが、実際に子供の名前にもすでに付けられているそうだ。
ケータイでもこうした現代の人々の広い需要に応えて、「まじ」から「本気」と変換できる機種がすでにある。こうした道具を「辞書」として絶対視する向きもあり、個々の文字や表記についての規範意識の醸成につながる可能性もある。自分のケータイは古くてそれが出ないので悲しい、という女子学生もいた。中国からの留学生は、それを電子辞書で調べたが読み方が分からなかったという。さらに、自分がそれを「まじ」と読めなかったことに対し、これから一生懸命勉強しなければ、と誓う、そういう中国人留学生も現れた。(つづく)