新字の「父」は、常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「父」(上図参照)は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「父」と新字の「父」の違いは、4画目の筆押さえの有無なのですが、出生届に書いてOKなのは新字の「父」だけなのです。
昭和21年11月16日に官報告示された当用漢字表には、旧字の「父」が収録されていました。官報の印刷をおこなっていた印刷局の活字が、そういう字体だったのです。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字1850字に制限されました。旧字の「父」は当用漢字に含まれていたので、出生届に書いてOKですが、新字の「父」は出生届に書けなくなってしまったのです。
一方、国語審議会は、昭和23年6月1日、当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表は、当用漢字1850字の全字体を手書きで示したもので、「父」の筆押さえは無くなっていました。新字の「父」になっていたのです。昭和24年4月28日に、この当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「父」が当用漢字となり、旧字の「父」は当用漢字ではなくなってしまいました。当用漢字表にある旧字の「父」と、当用漢字字体表にある新字の「父」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「父」も新字の「父」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。
昭和52年1月21日、国語審議会は新漢字表試案を発表します。新漢字表試案は、当用漢字に83字を追加し33字を削除する案で、新字の「父」を含む1900字を収録していました。ところが、昭和54年3月30日に中間答申した常用漢字表案で、国語審議会は妙なことを言い始めます。常用漢字表案には新字の「父」が収録されていたのですが、新字の「父」の字体は単なる例であって、明朝体活字のデザイン上、筆押さえが有っても無くてもかまわない、と言い始めたのです。つまり、新字の「父」(筆押さえが無い)であっても、旧字の「父」(筆押さえが有る)であっても、国語審議会としてはどちらでも常用漢字とみなしてかまわない、と言い始めたのです。昭和56年3月23日に答申した常用漢字表1945字においても、国語審議会の態度は同様でした。
困ったのは、子供の名づけに使える漢字を審議していた民事行政審議会です。新字の「父」と旧字の「父」の両方を子供の名づけに認めるのか、それともどちらか片方だけにするのか。結局、昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、新字の「父」だけを認める、という結論が示されました。明朝体活字デザイン上の差であるとしても、常用漢字表に現実に掲載されているのは、新字の「父」です。その状態で、新字の「父」と旧字の「父」の両方を認め続けると、戸籍事務処理上、少なからぬ支障をきたす、というのが民事行政審議会の判断でした。
この結果、昭和56年10月1日の常用漢字表内閣告示と同時に、旧字の「父」は子供の名づけに使えなくなりました。それが現在も続いていて、新字の「父」は出生届に書いてOKですが、旧字の「父」はダメなのです。