(第4回からつづく)
さらに合憲派(法廷意見)は、家族関係登録簿の「電算化」に関して、以下の主張を展開しています。
家族関係登録法第9条第1項および第11条第1項によれば、家族関係登録事務は電算情報処理システムによって処理することになるが、実際使われない珍しい漢字などその範囲さえ不明な漢字を、文献上で検証して家族関係登録電算システムに全て実現するのは、現実的に難しい。
韓国の家族関係登録簿は、全て電算システムで扱うことが法律で義務づけられているので、膨大な種類の漢字を扱おうとすると、漢字コードが膨大になってしまうという主張です。これに対して、違憲派(反対意見)は、こう反論します。
現在の技術水準において、漢字情報の電算化は難しくない。国際標準コードである「ユニコード」に登録されている韓・中・日統合漢字は約8万字、国内標準コードである「KSコード」に登録されている漢字は約1万8千字に達する。それならば、審判対象条項のように「人名用漢字」以外の漢字使用を一律に制限せずとも、名に使われる漢字を電算システムに実現するのは支障ないだろう。
基本的に、憲法第10条の幸福追求権によって保護される「両親が子の名を付ける自由」に政府の電算化技術を合わせるべきであって、両親が子の名を付ける自由を政府の電算化技術に合わせるべきではない。
違憲派の主張は理解できなくもないのですが、正直なところUnicodeを過信しています。現時点においても、韓国の人名用漢字8142字のうち、少なくとも「さんずいに恩」はUnicodeに収録されていません。実は筆者は、この「さんずいに恩」をUnicodeに緊急追加すべく、以前Unicode Technical Committeeに働きかけたことがあるのですが、この時の提案は韓国側に潰された、という苦い思い出があります。「両親が子の名を付ける自由を政府の電算化技術に合わせるべきではない」として、ならばなぜ韓国は、人名用漢字をUnicodeへ追加する提案を潰すようなマネをするのか、いまだ納得ができません。
一方、「KSコード」は、もっと悲惨な状況です。ハングルと漢字の両方を収録するKS X 1001(漢字4888字)・KS X 1002(漢字2856字)に続き、漢字のみを収録するKS X 1027-1(7911字)・KS X 1027-2(1834字)・KS X 1027-3(172字)・KS X 1027-4(404字)・KS X 1027-5(152字)が現時点で制定されている「KSコード」ですが、韓国国内の漢字施策と全く連動していません。その結果、韓国の人名用漢字8142字のうち、「さんずいに恩」を初めとして、「荣」「壮」「青」「聡」「恵」など少なくとも250字が、「KSコード」未収録となってしまっています。たとえ「KSコード」に漢字18217字が収録されていても、それが人名用漢字8142字すら網羅できていないのです。
加えて合憲派は、日本や中国との比較をおこなっています。
審判対象条項は、子の名に使える漢字を定めるにあたって、教育科学技術部が中・高等学校教育の基準として使うために策定した「漢文教育用基礎漢字」を含め、合計8,142字を「人名用漢字」に指定している。
これは、日本において人名に使うことを許されている漢字が2,998字程度、漢字発祥の地である中国において、義務教育(初・中学校)課程で理解しなければならない漢字、出版物等に使われる漢字、人名・地名など固有名詞に活用される漢字など、日常生活でしばしば使われる漢字を選んで発表した「通用規範漢字表」が8,105字程度、この2つに照らしてみれば、決して少ないと見ることはできない。
中国の「通用規範漢字表」は、子の名づけに対する漢字制限ではないのですが、以下の違憲派の反論は、その点を誤解しているようです。
法廷意見は、中国と日本においても人名に使える漢字の範囲を制限しているという事情により、審判対象条項による基本権の制限が過剰ではないとしている。しかし我が国とは違い、中国と日本では人の氏名を書く際に漢字使用が基本(原則)であるから、漢字の数が膨大でその範囲が不明だという事実から、名に使える漢字の範囲を制限する必要性が導き出され得る。したがって、名に使える漢字の範囲の制限に関し、中国および日本と単純に比較するのは適切でない。
ただ、文字コード研究者である筆者の意見としては、中国は「通用規範漢字表」8105字を全てUnicodeに収録させるべく努力していますし、日本はJIS X 0213に常用漢字2136字と人名用漢字862字を全て収録しています。そのあたりの考え方が、そもそも韓国とは全く異なっているのです。
(第6回につづく)