「百学連環」を読む

第117回 ジョン・ロック曰く

筆者:
2013年7月12日

学術にも才識が関係しているという話が続きます。今度は、少し角度を変えて、他の人の意見が紹介されます。

英の Locke なる人の定義に Sagacity ち識は、finds out the intermediate ideas, to discover what connexion there is in each link of the chain, 又 skill ち才は Familiar knowledge of any art or science united with readiness and dexterity in execution.

(「百學連環」第46段落第1文)

 

ご覧の英文は、その左側に以下のような日本語が振ってあります。

 finds   見
 out   出ス
 intermediate   入リ組ンタル
 discover   發明スル
 link   ノ輪
 chain   鎖
 Familiar   慣習シタル
 united   合セラレタル
 readiness   熟達
 dexterity  
 execution   行爲

では、訳してみましょう。

イギリスのロックという人は、「識(Sagacity)」を次のように定義している。「中間にある観念を見いだすこと。〔観念の〕鎖を成すそれぞれの輪にどのようなつながりがあるかを見いだすこと」 また、「才(skill)」をこう定義している。「術や学について身についた知識であり、いざとなれば実行に移せる準備ができており、また器用にこなせるようになっている知識のこと」

今度はジョン・ロック(John Locke, 1632-1704)が登場しました。ここで引用されている文章のうち、前半は確かにロックの『人間知性論(An Essay Concerning Human Understanding)』(1690)に、似た文章が現れます。それは、こんな文章です。

By the one it finds out; and by the other, it so orders the intermediate ideas, as to discover what connexion there is in each link of the chain, whereby the extremes are held together;

(John Locke, An Essay Concerning Human Understanding, Volume 4, Chapter XVII OF REASON, T.Tegg and Son, 1836版, p.511

 

西先生が引用している文章は、”finds out the intermediate ideas, to discover what connexion there is in each link of the chain”でしたから、ロックの原文とは少し違うことがお分かりになると思います。文中の言い回しが若干削除されていますね。

とくれば、本連載をお読みの皆さんはもう「あれか」とお気づきかもしれません。そう、あれです。そこで「あの本」の sagacity のページを開いてみますと、果たして、その「Syn.(同義語)」の項目の末尾にこんな文章が見えました。

Sagacity finds out the intermediate ideas. to discover what connection there is in each link of the chain, whereby the extremes are held together.” Locke.

(Noah Webster, An American Dictionary of the English Language, 1865, p.1163)

これまでにも何度か登場した『ウェブスター英語辞典』(1865年版)です。ロックの文章そのままではなく、省略している箇所を考慮すると、西先生は、おそらくこのウェブスターの引用に基づいて説明したのだと思われます。

ちなみに上で引用したロックの原文を、大槻春彦訳で引用しておきましょう。

聡明によって理知は〔推理の〕中間観念を見いだし、推究によって中間観念を秩序づけて、〔推理の〕両端を結びつける連鎖の一つ一つの環にどんな結合があるかを発見し、これによって、探究される真理をいわば眺めるようにする。

(ジョン・ロック『人間知性論(四)』、大槻春彦訳、岩波文庫、1977、p.265)

 

ここで「聡明」と訳されているのが、sagacity です。ロックのこの本は、表題の通り、人間が何かを理解するということはどういうことかを探究するものでした。

さて、もう一方の skill のほうはどうかといえば、これはロックではなく、『ウェブスター英語辞典』の skill の項目が出典です。同辞典で skill を引くと、第一の定義として「Knowledge; understanding.」とあり、それに続く第二の定義にこうあります。

2. The familliar knowledge of any art or science, united with readiness and dexterity in execution or performance, or in the application of the art or science to practical purposes;

(Noah Webster, An American Dictionary of the English Language, 1865, p.1238)

 

西先生は、この文章のうち、”in execution”までを引き合いに出しているわけです。しかし、冒頭で見た西先生の言葉を素直に受け取ると、あたかも skill の定義も、ロックによるもののように見えますね。ここは少しばかり、紛らわしいところです

*

=卽(U+537D)
=鎻(U+93BB)
=精(U+FA1D)

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
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