「百学連環」を読む

第16回 法学のエンチクロペディー

筆者:
2011年7月22日

西先生が言う「政治学のエンサイクロペディア(Encyclopedia of Politica Science)」なる講義(書物ではなく)は、いったいぜんたいどんなものだったのか。この問いに導かれて、西先生の同時代の欧米における大学の様子を覗いているところでした。

そこで、19世紀後半から末にかけてのアメリカでは、ドイツ仕込みの先生たちが、「政治学(Political Science)」や、「政治学のエンサイクロペディア」という講義を開いていることを確認しました。1812年からの100年間で、アメリカからドイツの諸大学へ留学した学生は、1万人を数えるともいいます(『世界教育史大系26 大学史I』、講談社、1974)。当時、プロイセンのベルリン大学(1809年創立)は、世界各国からの留学生を集めて「世界の大学(Weltuniversität)」と呼ばれており、明治期の日本からもたくさんの留学生が訪れています。

大まかに言うと、18世紀後半から19世紀という時代は、政治体制や経済状況の変化に伴って、大学の構成も大きく変化していった時代です。ヨーロッパの伝統的な大学では、基礎教養(リベラル・アーツ、これは元を辿ると古典ギリシアのエンキュクリオス・パイデイアでした)を修めたうえで哲学を学び、そして法学、神学、医学へ進むという具合に、法、神、医、哲の四つの学術を柱としていました。

ところが近代国家が姿をとり始め、市民社会や経済の発展が進むにつれて、官僚の養成や工業化の必要などもあいまって、いわゆる社会科学と自然科学が専門分化してゆきます。私たちがいま注目している「政治学」もまた、そうした背景から一つの学術分野として独立していったのでした。

さて、それではアメリカの大学に導入されたドイツの「エンサイクロペディア」とはなんなのか。このことを確認してみたいと思います。ところで、英語の「エンサイクロペディア(Encyclopedia)」は、ドイツ語では「エンチクロペディー(Encyklopädie / Enzyklopädie)」と綴ります。以下でも、文脈に合わせて、ドイツの話をするときには「エンチクロペディー」と書くことにしましょう。

今回このことを追跡するうえで、高橋直人氏の論文「近代ドイツの法学教育と「学びのプラン(Studienplan)」」からたくさんのことを教えていただきました。これは、18世紀後半から19世紀にかけてのドイツの大学で、法学を学ぶ学生向けにつくられた「学びのプラン」を分析した論文です。

「学びのプラン」とは、法学部なら法学部で、各学期にどの講義をどのような順序で受けるべきか、という構成を示した文書で、大学や個別の著者が作成しています。そして、高橋氏が整理・分析しているいくつかの「学びのプラン」のなかに、例の「エンチクロペディー(Encyklopädie / Enzyklopädie)」が現れるのです。

高橋氏が先の論文で掲げている「学びのプラン」のうち、19世紀につくられた四つのプランでは、いずれもその第一セメスターの筆頭に「法学のエンチクロペディーおよびメトドロギー(Encyklopädie und Methodologie der Rechtswissenschaft)」、あるいはそれに類する科目が置かれています。やはり、「エンサイクロペディア/エンチクロペディー」とは、大学の講義科目だったのです。

ここで「エンチクロペディー」というのは、法学なら法学という領域全体を概観し、それぞれの部分がどのように関連しあっているかを学ぶ科目です。「メトドロギー(Methodologie)」のほうは、訳せば「方法論」となるでしょうか。これは、前回確認したサムナーの発言とも重なりますね。

高橋氏によれば、こうした「エンチクロペディーおよびメトドロギー」という講義は、もともと「18世紀後半にゲッティンゲン大学のピュッターによって、講義用の教科書(1767年)の刊行を伴って行われるようになり、その後、ドイツの他の大学でも開講されて」(前掲論文、p.61)いくようになったといいます。

実際、そのつもりで文献に当たってゆくと、法学に限らず、さまざまな「エンチクロペディーおよびメトドロギー」が作られていたことが見えてきます。実は、私たちが探している「政治学のエンチクロペディー」もそうした中に見つけられます。次回は、そのことをご紹介したいと思います。それから、前回のおしまいに予告した「あの人」のエンチクロペディーについても。

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
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