「百学連環」を読む

第93回 学は真理を求め、真理を応用するを術という

筆者:
2013年1月25日

目下は論理学の話、なかでも演繹法と帰納法の違いを確認した上で、そうした論理学を駆使する学問が探究する「真理」をめぐって講義が進められているところでした。前回は、諸学における真理の例がいろいろと挙げられましたね。

改行を挟んで、次のように続きます。

かく萬物皆其眞理あり。故に此眞理を求むるか爲めに物に就て講究し、師に就て見聞し、心に信して動すへからさる、是其の眞理にして、是を講究見聞することは是皆學なり。其一ツの眞理を知るときは物に就て行ふ最も容易なりとす。

(「百學連環」第40段落第1文~第3文)

 

訳してみましょう。

このように万物には、全て真理がある。だから、その真理を求めようと思ったら、物について深く調べ、先生から見聞し、〔そうして知り得た真理を〕心に信じて動かしてはならないのである。これがその真理であり、真理を深く調べることは、すべて学である。一つの真理を知ろうという場合は、物について取り組むのが一番やりやすい。

前段落では、さまざまな学における真理の例を紹介していました。その議論を受けて、では真理なるものは、どうしたら探究できるのかを述べています。

物について深く調べろとは、以前論じられていた「書籍の奴隷」となってしまうような学のやり方、机上だけの論では駄目だという指摘を念頭に置いて読むべきところでしょうか。物や現象、それらの経験によって真理を探れというわけです。また、当然これまで判明していることなどは、先生に教えてもらうという手もあります。また、西先生はここで、改めて真理を探究する営みこそが「学」なのだと述べ直しています。

このように話をまとめた上で、再び具体例が並べられます。ここも少し長くなりますが、切らずに読んでみます。前回の具体例との違いに注目するとよいでしょう。

譬へは卽ち格物學にて地球の眞理は引力にして、其引力あるか故に地球の圓體を航海し廻るといへとも他に落ることなし。之を知る是を術と云ふ。器械學の車輪に避心力あるは眞理なれは、今洗濯する所の衣類等を乾かさんと欲して、是を輪の周りに結ヒ付急に囘轉するときは、其避心力あるか故に水分四方に迸り出て、忽ち乾くに至るか如き、之を行ふ是を術といふ。天文學に於ては太陽引力あるか故、地球及ひ其他衆星を引寄せんとし、地球及ひ其他の衆星は避心力あるか故に、引くと離るゝとの力相合して太陽の周くりを囘轉す、是其眞理。又恒星は常に動かさるか故に、大凡大洋に航海するものは此恒〔星〕を目的とし、其度を測りて己レの居場所を知る、是卽ち術なり。化學に於て鐵は元ト柔撓なるものなり。今是に炭素を加へるときは卽ち鋼となる、是其の眞理。之を行ふは卽術にして、物理大略此の如きものなり。

(「百學連環」第40段落第4文~第10文)

 

文中の「結ヒ」には「ユ」と、「迸り」には「ホトバシ」とルビが振られています。それでは、訳してみます。

例えば、物理学では地球には引力が働くということが真理である。この引力があるおかげで、地球の球体上を航海して回っても、どこか〔地球の外側〕へ落っこちてしまうことはない。こうした次第を知ることを「術」という。器械学〔力学〕では、車輪に遠心力が働くのは真理である。そこで、洗濯した衣類などを乾かそうという場合、洗濯物を輪の周りに結びつけて急回転させると、遠心力が働くために〔衣類の〕水分が四方に迸り出てすぐに乾く。こうしたことを行うのを「術」という。天文学では、太陽に引力が働いているため、地球やその他の惑星は引き寄せられる。しかし、地球や惑星は遠心力が働いているため、〔太陽が〕引く力と〔遠心力で〕離れる力が合わさって、太陽の周りを回転している。これは真理である。また、恒星は常に動かないので、およそ大洋を航海する人たちは、この恒星を目印にして、その角度を測って自分の現在地を知る。これは「術」である。化学では、鉄はもともと柔らかく曲がるものだ。だが、これに炭素を加えると鋼となる。これは真理である。こうしたことを実際に行うのが「術」である。物の理とは、おおまかに言ってだいたいこのようなものである。

ご覧のように、前回読んだ具体例と同じ真理について、同じ順序で、いま一度、諸学における真理の具体例が説明されています。

ただし、前回と違うのは、さらに具体的な状況や場面が付け加えられていることです。例えば、力学の遠心力について、洗濯物を乾かす方法が例に採られていますね。そんなふうに乾かす方法があったとは知りませんでしたが、考えてみれば私たちが使っている自動洗濯機の脱水も同じ仕組みであります。

そのようにさらなる具体例、応用例を説明しているわけですが、西先生はそれを「術」という言葉で表しています。遠心力を応用して洗濯物を乾かすこと、恒星の位置を目安にして自分の位置を測ること、鉄を鋼にすること、こうしたことはどれも、諸学における「真理」を応用した「術」であるというふうに、真理と術の関連を指摘しているわけです。

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
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