三省堂辞書の歩み

第56回 明解国語辞典

筆者:
2020年12月16日

明解国語辞典

昭和18年(1943)5月10日刊行
金田一京助編/本文1090頁/A6判(縦148mm)

明解国語辞典(改訂版)

昭和27年(1954)4月5日刊行
金田一京助監修/本文919頁/A6判(縦147mm)

【明解国語辞典 初版】1版(昭和18年)

【明解国語辞典 初版 本文1ページ目】

【明解国語辞典 改訂版】1版(昭和27年)

【明解国語辞典 改訂版 本文1ページ目】

『明解国語辞典』の編集は昭和14年秋に『小辞林』(昭和3年)の改訂を目指して始まった。編者は金田一京助になっているが、実質的な編集主幹は見坊豪紀、補佐に山田忠雄、アクセントは金田一春彦だったことが序文で分かる。

本書の基本方針は、引きやすいこと、分かりやすいこと、現代的なことである。そして「標準アクセントの解説」19頁が本文の前に載せられた。

見出しは表音式の仮名遣いによる五十音順。表音式の見出しは、昭和初期に多数派となっていたが、本書はどの辞書よりも徹底している。例えば「せいたう(正当)」は、『小辞林』や新村出編『辞苑』(博文館、昭和10年)などでは「せいとう」だったのを「せえとお」とした。促音の「っ」や拗音の「ゃゅょ」を見出しだけでなく語釈にも用いている点は『小辞林』と同じ。

五十音順の最後にある「ん」には「んま―[馬]」から「んもれる[埋れる]」まで19項目が載り、空見出しとはいえ空前絶後だった。また、外来語でも長音符号(ー)を使わず、母音を重ねて「アアケエド」とする。

動詞は文語形(おお[合ふ])も見出しになっているが、形容詞は口語形のみ。語釈も口語形で書かれ、説明を努めて平易にした。

収録した語彙は、約7万3000語。『小辞林』から古語や難解語など約1万6000語を削除し、時代に即した言葉など約8000語を追加した。さらに「常用略語集」11頁(約1000語)が付録となっている。

昭和18年は戦時中で物資が不足し、出版統制によって用紙の割当てが制限されていたため、特に学生用の国語辞書不足が新聞記事になった。そういう時機であったうえ、従来の内容を一新した現代的な辞書はたいへんに好評を得た。確認できた発行部数は以下のとおり。3版(=3刷)は未見だが、推定で合計すると2年間で約50万部の発行だったと思われる。

昭和18年5月 1版 6万部(定価4円)
昭和18年6月 2版 3万5000部(定価4円)
昭和19年6月 4版 5万部(定価5円)
昭和19年7月 5版 14万部(定価5円)
昭和19年7月 6版 12万部(定価5円)
昭和20年5月 7版 5万部(定価10円)

戦後は26年の19版まで増刷が続いた。三省堂で初めて「国語辞典」の書名を使った本書の成功が、まだまだ少数派だった「国語辞典」の普及に大きく影響を及ぼしたと言えるだろう。

 

27年に出た改訂版では、天沼寧、山田俊雄の援助があったと「あとがき」にある。

見出しは「現代かなづかい」(昭和21年)にせず、表音式仮名遣いのままだったが、え列の長音はやめて「せいとお(正当)」となった。見出しが現代かなづかいと違う場合、漢字表記欄のあとにカタカナで掲載し、歴史的かなづかいは和語だけを掲載した。漢字表記欄では、当用漢字表にない漢字、同音訓表にない読み方などに記号を付けている。

また、鼻濁音を「か°」と半濁音ふうに表示した。外来語に長音符号を使わないのは変わらず、文語形の動詞は見出しから削除された。

収録した語彙は、約6万6000語。初版から約1万4000語を削除し、約7000語を追加した。「常用略語集」はなくなり、本文に組み込まれたものが少なくない。

のちに「補遺(新語編)」1572語が別冊付録になり、判型を大きくした改訂新装版(昭和46年)では本文の後へ掲載された。補遺に載った最新の語は昭和41年(1966)制定の「体育の日」である。

●最終項目

*初版

*改訂版

●「猫」の項目

*初版

*改訂版

●「犬」の項目

*初版

*改訂版

筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
(不定期掲載です)