日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第65回 マナー合致のことばについて

筆者:
2014年7月27日

日本語社会における文化的制約の3種,具体的には「掟」「マナー」「お手本」を紹介し(補遺第52回第54回),「掟」に関する表現(補遺第55回第58回),「マナー」に関する表現(補遺第59回~)を見ていたところで「思考キャラクタ」という新たなタイプのキャラクタにぶち当たり,しばらくそれに関わっていた(補遺第62回第64回)。このあたりで話を「マナー」に戻してみよう。

これまでに取り上げてきた「のろのろ」「おどおど」「おずおず」「まごまご」「こそこそ」「ひょこひょこ」「きょときょと」「うろちょろ」「もたもた」「いちいち」などは,行動者のマナー違反を表し,その「格」や「品」を下げることばばかりである。では,立ち居振る舞いがマナーに合致していると述べることばはないのだろうか?

そんなことはない。マナー違反のことばほど多くはないが,「きちんと」「きっちり」「かっちり」「ちゃんと」などのことばはしかるべきマナーに合致した行動を表す。たとえば「彼はきちんと答えた」と言えば,彼が答えたということ,あるいは彼が或るやり方で答えたということがマナーに合致しているとされ,彼がこの時点で「格」や「品」を落としていないことが示される。

しかしながら,マナーに言及することばの基本はやはり,マナー合致ではなく,マナー違反を言い立てることにある。いま挙げたマナー合致のことばにしても,言い方を少し変えると,マナー違反の意味が出てくることがある。

たとえば「あの人は計画をかっちりと立てる」と言えば,話題の人物はマナーに合致する堅実な人物として肯定的に評されているが,「あの人は計画をがちがちに立てる」と言えばマナー違反の,つまり融通が利かず杓子定規の人物として否定的に評されていることになる。

「あの人は間隔をきちっと詰める」はマナー合致だが,「あの人は間隔をきっちきちに詰める」はマナー違反,「あの人はきっちりしている」はマナー合致だが,「あの人はきちきちしている」はマナー違反という具合である。インターネット上の書き込みから実例を一つ挙げておく。

 今年4月に職場(部)を変わりました。近頃,「きちきちした人」と見られ,ふと気が付けば食事会にも誘ってもらえず,浮いてしまっています。

[//note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n203724, 2014年7月18日最終確認]

これに対して,マナー違反のことばの言い方を少し変えても,マナー合致の意味は出て来ない。たとえば「あの人はいつももたもたしてるね」を「あの人はいつももったもたしてるね」と変えたところで,マナー違反であることに変わりはない。(続く)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。