日本語社会における文化的制約の3種,具体的には「掟」「マナー」「お手本」を紹介し(補遺第52回~第54回),「掟」に関する表現(補遺第55回~第58回),「マナー」に関する表現(補遺第59回~)を見ていたところで「思考キャラクタ」という新たなタイプのキャラクタにぶち当たり,しばらくそれに関わっていた(補遺第62回~第64回)。このあたりで話を「マナー」に戻してみよう。
これまでに取り上げてきた「のろのろ」「おどおど」「おずおず」「まごまご」「こそこそ」「ひょこひょこ」「きょときょと」「うろちょろ」「もたもた」「いちいち」などは,行動者のマナー違反を表し,その「格」や「品」を下げることばばかりである。では,立ち居振る舞いがマナーに合致していると述べることばはないのだろうか?
そんなことはない。マナー違反のことばほど多くはないが,「きちんと」「きっちり」「かっちり」「ちゃんと」などのことばはしかるべきマナーに合致した行動を表す。たとえば「彼はきちんと答えた」と言えば,彼が答えたということ,あるいは彼が或るやり方で答えたということがマナーに合致しているとされ,彼がこの時点で「格」や「品」を落としていないことが示される。
しかしながら,マナーに言及することばの基本はやはり,マナー合致ではなく,マナー違反を言い立てることにある。いま挙げたマナー合致のことばにしても,言い方を少し変えると,マナー違反の意味が出てくることがある。
たとえば「あの人は計画をかっちりと立てる」と言えば,話題の人物はマナーに合致する堅実な人物として肯定的に評されているが,「あの人は計画をがちがちに立てる」と言えばマナー違反の,つまり融通が利かず杓子定規の人物として否定的に評されていることになる。
「あの人は間隔をきちっと詰める」はマナー合致だが,「あの人は間隔をきっちきちに詰める」はマナー違反,「あの人はきっちりしている」はマナー合致だが,「あの人はきちきちしている」はマナー違反という具合である。インターネット上の書き込みから実例を一つ挙げておく。
今年4月に職場(部)を変わりました。近頃,「きちきちした人」と見られ,ふと気が付けば食事会にも誘ってもらえず,浮いてしまっています。
[//note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n203724, 2014年7月18日最終確認]
これに対して,マナー違反のことばの言い方を少し変えても,マナー合致の意味は出て来ない。たとえば「あの人はいつももたもたしてるね」を「あの人はいつももったもたしてるね」と変えたところで,マナー違反であることに変わりはない。(続く)