地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第258回 日高貢一郎さん:熊本方言の書かれたmt

2013年6月15日

元は英語などの長いことばを短くし、アルファベットだけで表現された語を「アルファベット(略)語」と言いますが、「mt」とは、さて、何ということばの省略形でしょうか?

〔ヒント〕:その他に、愛好者の間では「マステ」という略語も使われている由。

正解は「m=マスキング t=テープ」です。この分野でのリーダー企業「カモ井加工紙」の部内での通称が次第に愛好者に広がってきたもので、今では「mt」は、同社の商標になっています。

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【写真】熊本方言の書かれたマスキングテープ  【写真】熊本方言の書かれたマスキングテープ

【写真】熊本方言の書かれたマスキングテープ

「マスキングテープ(masking tape)」は元々は塗装をする際、塗料が付いては困る範囲を保護するために貼るものでした。が、最近は文具や雑貨のような使われ方をすることも増えており、カラフルで多様なデザインのテープが登場しています。

3月に熊本で開催されたその展示会の際、阿蘇山や熊本城、特産品のスイカや、いま話題のゆるキャラ=くまモンなど、熊本らしさを表した5種類のデザインのマスキングテープが限定販売品として出品され、大変好評だった由。

そのうちの1つに方言を活かしたものがありました。

このテープには、次の6つの代表的な熊本方言と、その意味と用例が挙げられています。同社によると、熊本出身のメンバーが熊本弁の中から懐かしくて親しみのある方言を選定したということです。

  わさもん 【新しもの好き】 あん人はわさもんばい。 
  がまだす 【頑張る・働く】 ようがまだしなはるなぁ。
  もっこす 【頑固者】    あーたはもっこすね。  
  むぞらしか【かわいい】   こりゃむぞらしか。   
  ぎゃん  【このように】  ぎゃん行くとよかよ。  
  たいぎゃ 【とても】    たいぎゃよかたい。   

このうち「もっこす」と「わさもん」は熊本の県民性を表す代表的な語だといわれます。

「肥後もっこす」は、寡黙、頑固、一徹、偏屈、などということばが当てはまる、いかにも熊本にいそうな個性派タイプの男をいい、当て字で「黙壺子」などと表記されることもある由。

一方の「わさもん」は、それとは逆に、新しいものに興味を持ち、いち早く飛びつくような性格を指しています。

人も、また人間の社会も多様で複雑ですから、その相反するような両方の性格と要素が必要とされるわけです。

マスキングテープも同様に、貼ったときにはしっかりと粘着力を発揮し、はがすときには逆に、生地を傷めず糊が残ることなくきれいにはがせることが求められます。
 《 貼って強力 / はがしてスッキリ 》という相矛盾する条件を同時にクリアすることが必要ですから、作るメーカーにとってはなかなか難しい課題です。

が、その特性は、私たちが壁などにものを貼ったり、封を閉じたりするときにも大いに役に立つはずですから、テープの色やデザインを工夫すれば、かわいくて楽しい文具にも雑貨にもなり得ます。
 そこに注目が集まって、最近、特に女性の間ではちょっとしたブームになっているということです。

以前、第113回で、土佐方言の書かれたトイレットペーパーを取り上げましたが、これもロール状に巻かれている点では、非常によく似た商品だと言えます。
 要は、方言を書き込めるスペースさえあれば、そこに方言を表示することは可能なわけですから……。

その他、ガーゼ付きの救急絆創膏などでも同様のことが考えられます。
 例えば「ケガ、痛い、傷、うずく、治す、薬、染みる、かさぶた、…」などが方言で書かれていたら面白いかもしれません。が、実際にその例があるかどうかは未確認です。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。