地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第309回 ダニエル・ロングさん:小笠原ことばの『Tシェツ』

2014年8月16日

今回紹介する東京都の小笠原諸島のことばは,日本の伝統的な方言と違います。【写真1】に示したのは,「またみるよ!」と書かれた小笠原の『Tシェツ』(「シェツ」については,後で説明)です。別れの挨拶に使われるこの表現は,英語のSee you againの直訳によって生まれた表現です。小笠原でミルやアウという単語の語形は日本語から来ていますが,それらの使い方は,むしろ英語のseeとmeetのままなのです。英語の意味領域が日本語の単語に置き換えられている表現なのです。こうした言語転移が「アイヤイアイ〔あらら〕,it’s four o’clock! 薬を取らなきゃ」(英語では薬は「飲む」ではなくtakeだから)といった表現にも見られます。

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【写真1】またみるよ!~See you againから
【写真1】またみるよ!~See you againから

小笠原では,1830年から,捕鯨船などに乗って来た人々が,英語やハワイ語をはじめとする10以上の言語を話していました。明治から日本語を話す人が多くなりましたが,現在も欧米系島民が役場や観光船の仕事をしています。180余年,この島で英語と日本語が隣り合って使われて来た関係で,さまざまな形での言語接触現象がみられます。

たとえば,小笠原の欧米系島民の間で一人称代名詞としてmeが使われます。「Meらはhigh schoolに行っているときにGuam got hit by a typhoonだじゃ。」〔私が高校に行っているときに,グアムは台風に襲われたんだ〕のように,英語と日本語の単語が入り混じる文がよく聞かれます。本来,英語のmeは目的格ですが,小笠原の方言では,どの格においてもmeが使われます。

小笠原方言における言語接触の影響は上のような単語のレベルだけではありません。発音や意味にも特徴が見られます。日本の本土でも使われている英語起源の単語の発音が違うことがあります。衣服のシャツのことを小笠原では[シェツ]と発音します。もともと英語のshirtの発音では,日本語の5母音に入っていない発音[ɚ]が使われます。日本語にないこの母音を,共通語ではア段に置き換えていますが,小笠原では,エ段に置き換えているのです。

一昔前まで,小笠原の人は日本本土と異なるこうした小笠原ことばを恥ずかしく思っていましたが,この連載で取り上げられている日本各地の地域語使用例にも見られるように,小笠原でも近年,「じぶらの〔自分たちの〕languageにprideを持たなきゃ」と言う人が増えています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • ダニエル・ロング(Daniel Long)

首都大学東京教授(日本語教育学)。博士(文学)。日本語を母語としない人の日本語習得(小笠原諸島欧米系島民など)の言語状況,また,奄美大島における第二言語としての標準日本語習得を中心テーマに研究。アメリカ・テネシー州生まれ。来日後、関西外国語大学や国際基督教大学で日本語を習得。大阪大学大学院修了。大阪樟蔭女子大学助教授〜東京都立大学助教授等を経て現職。編著書『小笠原ことばしゃべる辞典』(南方新社)、『小笠原ハンドブック』(南方新社)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。