今回紹介する東京都の小笠原諸島のことばは,日本の伝統的な方言と違います。【写真1】に示したのは,「またみるよ!」と書かれた小笠原の『Tシェツ』(「シェツ」については,後で説明)です。別れの挨拶に使われるこの表現は,英語のSee you againの直訳によって生まれた表現です。小笠原でミルやアウという単語の語形は日本語から来ていますが,それらの使い方は,むしろ英語のseeとmeetのままなのです。英語の意味領域が日本語の単語に置き換えられている表現なのです。こうした言語転移が「アイヤイアイ〔あらら〕,it’s four o’clock! 薬を取らなきゃ」(英語では薬は「飲む」ではなくtakeだから)といった表現にも見られます。
小笠原では,1830年から,捕鯨船などに乗って来た人々が,英語やハワイ語をはじめとする10以上の言語を話していました。明治から日本語を話す人が多くなりましたが,現在も欧米系島民が役場や観光船の仕事をしています。180余年,この島で英語と日本語が隣り合って使われて来た関係で,さまざまな形での言語接触現象がみられます。
たとえば,小笠原の欧米系島民の間で一人称代名詞としてmeが使われます。「Meらはhigh schoolに行っているときにGuam got hit by a typhoonだじゃ。」〔私が高校に行っているときに,グアムは台風に襲われたんだ〕のように,英語と日本語の単語が入り混じる文がよく聞かれます。本来,英語のmeは目的格ですが,小笠原の方言では,どの格においてもmeが使われます。
小笠原方言における言語接触の影響は上のような単語のレベルだけではありません。発音や意味にも特徴が見られます。日本の本土でも使われている英語起源の単語の発音が違うことがあります。衣服のシャツのことを小笠原では[シェツ]と発音します。もともと英語のshirtの発音では,日本語の5母音に入っていない発音[ɚ]が使われます。日本語にないこの母音を,共通語ではア段に置き換えていますが,小笠原では,エ段に置き換えているのです。
一昔前まで,小笠原の人は日本本土と異なるこうした小笠原ことばを恥ずかしく思っていましたが,この連載で取り上げられている日本各地の地域語使用例にも見られるように,小笠原でも近年,「じぶらの〔自分たちの〕languageにprideを持たなきゃ」と言う人が増えています。