地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第310回 加藤和夫さん:北陸新幹線開業と方言活用

筆者:
2014年8月30日

石川県,とりわけ金沢市は,来年3月の北陸新幹線開業に向けて大いに盛り上がっています。新幹線の終点,金沢の玄関口となるJR金沢駅構内のショッピングモール「金沢百番街」の旧「あじわい館」「おみやげ館」は,今年7月17日のリニューアルオープンで「あんと」と名前を変えました。【写真1】

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【写真1】金沢駅構内の金沢百番街「あんと」
【写真1】金沢駅構内の金沢百番街
「あんと」

「あんと」とは「ありがとう」の意味の方言「あんやと」の短縮形です。ほかに,「あ」から「ん」まで銘菓,食品,工芸品などすべてを集めたい,という意味も込めているとのことですが,こちらは無理なこじつけという感じがします。「あんやと」の方がなじみがあるのですが,2011年にオープンした同じ百番街の「トレンド館」の名称「Rinto(リント)」〔「凜と」で,「凜として生きる女性のファッションをサポートしたい」という意図で名付けられた〕を意識して,やや舌足らずな印象の「あんと」でかわいいイメージを出そうとしたようです。

金沢市での方言の拡張活用例については,第178回の『方言ネクタイ』 や,第二次大戦前の方言はがきがあります。ただ,観光客向けのものは,20年ほど前まではほとんど見られませんでした。おそらく,観光の売りであった加賀百万石の雅なイメージに庶民のことばとしての方言が合わないと考えられていたためでしょう。しかし,新幹線開業に向けて,県内各地の方言をうまく活用することは,観光客に旅情とともにエトランゼ感覚を味わってもらうための効果的手段になるはずです。金沢駅の「あんと」は,その良いモデルと言えるでしょう。

同様の発想で売り出されたお菓子もあります。ごく最近,金沢のクリエイティブチームが観光客向けにプロデュースした「がんこうまい,がんこおかき」〔「がんこ」は「とても」の意味の石川方言〕という名のおかきが発売され,好評のようです。

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【写真2】金沢市内のデパートの方言キャッチコピー
【写真2】金沢市内のデパートの
方言キャッチコピー

一方,新幹線開業は,地元の人たちのふるさと意識を高める好機とも捉えられていて,地元の人に向けた方言景観も増えつつあります。【写真2】は有名な近江町市場向かいのデパートが今夏のクリアランスセールのポスターで方言を用いた例です。「たっだ安っ!」の「たっだ」は「とても」の意味です。同じシリーズポスターでほかに「しなしな~っと見っかいね」〔ゆっくりと見るかね〕,「涼んでかんけ~。」〔涼んでいかないか〕などの方言も使われています。同デパートのクリアランスセールに続く夏物売りつくしセールでは,キャッチコピーが「がんこ安っ!!」に変わりました。同じ「とても」の意味ですが,「たっだ」より「がんこ」で,より安いことをうまくアピールしています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 加藤 和夫(かとう・かずお)

金沢大学人間社会研究域教授。専門領域:日本語学,方言学,社会言語学。北陸方言,特に石川県,福井県方言の記述的,社会言語学的研究に取り組む。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。主な著書:『どうなる日本のことば』共著(大修館書店),『新 頑張りまっし金沢ことば』監修(北國新聞社)など。2011年,金沢市文化活動賞(32回)受賞。2013年1月より『北國新聞』で「マチかど方言学」(監修)を週1回連載中。

『新 頑張りまっし金沢ことば』『どうなる日本のことば』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。