石川県,とりわけ金沢市は,来年3月の北陸新幹線開業に向けて大いに盛り上がっています。新幹線の終点,金沢の玄関口となるJR金沢駅構内のショッピングモール「金沢百番街」の旧「あじわい館」「おみやげ館」は,今年7月17日のリニューアルオープンで「あんと」と名前を変えました。【写真1】
「あんと」とは「ありがとう」の意味の方言「あんやと」の短縮形です。ほかに,「あ」から「ん」まで銘菓,食品,工芸品などすべてを集めたい,という意味も込めているとのことですが,こちらは無理なこじつけという感じがします。「あんやと」の方がなじみがあるのですが,2011年にオープンした同じ百番街の「トレンド館」の名称「Rinto(リント)」〔「凜と」で,「凜として生きる女性のファッションをサポートしたい」という意図で名付けられた〕を意識して,やや舌足らずな印象の「あんと」でかわいいイメージを出そうとしたようです。
金沢市での方言の拡張活用例については,第178回の『方言ネクタイ』 や,第二次大戦前の方言はがきがあります。ただ,観光客向けのものは,20年ほど前まではほとんど見られませんでした。おそらく,観光の売りであった加賀百万石の雅なイメージに庶民のことばとしての方言が合わないと考えられていたためでしょう。しかし,新幹線開業に向けて,県内各地の方言をうまく活用することは,観光客に旅情とともにエトランゼ感覚を味わってもらうための効果的手段になるはずです。金沢駅の「あんと」は,その良いモデルと言えるでしょう。
同様の発想で売り出されたお菓子もあります。ごく最近,金沢のクリエイティブチームが観光客向けにプロデュースした「がんこうまい,がんこおかき」〔「がんこ」は「とても」の意味の石川方言〕という名のおかきが発売され,好評のようです。
一方,新幹線開業は,地元の人たちのふるさと意識を高める好機とも捉えられていて,地元の人に向けた方言景観も増えつつあります。【写真2】は有名な近江町市場向かいのデパートが今夏のクリアランスセールのポスターで方言を用いた例です。「たっだ安っ!」の「たっだ」は「とても」の意味です。同じシリーズポスターでほかに「しなしな~っと見っかいね」〔ゆっくりと見るかね〕,「涼んでかんけ~。」〔涼んでいかないか〕などの方言も使われています。同デパートのクリアランスセールに続く夏物売りつくしセールでは,キャッチコピーが「がんこ安っ!!」に変わりました。同じ「とても」の意味ですが,「たっだ」より「がんこ」で,より安いことをうまくアピールしています。