タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(95):olivetti valentine

筆者:
2020年12月24日
『スペースデザイン』1970年3月号
『スペースデザイン』1970年3月号

「olivetti valentine」は、イタリアのオリベッティ社が1969年に発売した機械式タイプライターです。ソットサス(Ettore Sottsass)のデザインによる「olivetti valentine」は、赤を基調とした筐体が、独特の形状の赤いケースに収納されており、「赤いバケツ」の愛称で呼ばれました。広告も赤を基調としており、タイプライターの性能などには全く触れず、いわば赤のイメージ広告が全面的に打ち出されたのです。

『スペースデザイン』1970年3月号

「olivetti valentine」は、43キーのフロントストライク式タイプライターです。キーボードとプラテンの間に配置された43本の活字棒(type arm)は、各キーを押すことで立ち上がり、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。筐体をコンパクトにすべく、活字棒はほぼ直線的に配置されています。結果として、外側の活字棒ほど移動距離が長くなっているため、キーボードの中央付近に比べ、端の方のキーの「タッチ」が重くなっています。通常の状態では小文字が印字されますが、キーボード最下段の左右端にあるシフトキーを押すと、全ての活字棒が全体的に下がって大文字が印字されます。右側のシフトキーのすぐ上には、キャリッジリターンの赤いキーがあり、バネの力でプラテンを戻して、印字位置を紙の左端にします。

『スペースデザイン』1970年3月号

「olivetti valentine」のイタリア国内用キーボードは、いわゆるQZERTY配列です。キーボードの最上段は、左端にバックスペースキーがあって、大文字側に23456789&˚+が、小文字側にé"'(_è^çà)-が並んでいます。その次の段は、大文字側にQZERTYUIOP=が、小文字側にqzertyuiopìが並んでいて、右端にタブキーがあります。その次の段は、左端の少し上にシフトロックキーがあって、大文字側にASDFGHJKLM%が、小文字側にasdfghjklmùが並んでいて、右端にキャリッジリターンの赤いキーがあります。最下段は、左右の端にシフトキーがあって、大文字側にWXCVBN?./!が、小文字側にwxcvbn,;:òが並んでいます。海外向けには、QWERTY配列やAZERTY配列のモデルも準備されていて、他のキーの異同も含め、様々なキー配列が楽しめたようです。

『rosso, rosso Valentine』(1999年)表紙
『rosso, rosso Valentine』(1999年)表紙

「olivetti valentine」には廉価版モデルがあり、「olivetti valentine S」と呼ばれていました。廉価版モデルにはキャリッジリターンの赤いキーが無いので、簡単に見分けがつくのですが、上の広告には、さて、廉価版モデルは含まれているでしょうか?

*編集部より

2011年から長きにわたりました本連載ですが、今回が最終回となります。タイプライター製造の歴史を、日本の状況や女性の活躍も含めて記述した貴重な記録となりました。ご愛読いただいた皆様に改めて御礼申し上げます。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。