地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第340回 杉村孝夫さん:来館記念の大分方言プラカード「OPAMに来ちょんよ!」

筆者:
2015年10月31日

大分県立美術館が今年4月に開館しました。建物そのものが,美術品といってもいいほど個性的です。開館以来,数々の催しが行われ,8月には「進撃の巨人展」「『描(か)く!』マンガ展」と「大分県立美術館コレクション展」を開催していました。特に「進撃の巨人展」は大変な人気で,8月下旬には早くも入場者が6万人を超えたとのこと。開館前から九州各地に美術館のポスターを掲示していました。誘いにのって訪れると,館内では,「方言」も来場者サービスの一翼を担っていました。

「マンガ展」の出入り口には,撮影コーナーを設置。観光地に行くと,よく板に描いた人の顔の部分がくり抜かれていて,そこに自分の顔をはめ込んで記念撮影ができるようになった「顔はめパネル」が設置されていますが,大分県立美術館では,プラカードがそれに代わる役割をしていました。

【写真1】
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来場者は①「OPAMに来ちょんよ!」や②「『描く!』マンガ展おもしりかった!」など吹き出しに書かれたプラカードを好みで選んで記念の撮影をします。【写真1】

「OPAM」は「Oita Prefectural Art Museum」の頭文字です。「来ちょんよ」は共通語の〔来ているよ〕に当たり,共通語と異なるのは文末表現だけなので,県外からの来館者にも意味はすぐに伝わります。「て+おる」は福岡県の西部域では「とる」「とー」、東部域では「ちょる」ですが,大分県ではさらに「る」が撥音化して「ん」に変わります。その結果「ちょん」となります。大分方言になじみのある人なら「いかにも大分らしい」と感じるでしょう。

②「おもしりかった」は〔面白かった〕の意で,「おもしろい」の -oi[‐オイ]という母音連続が融合して「おもしりー」(終止形)となったものに,過去を表す「‐かった」が直接続いています。つまり終止形の「おもしりー」を語幹相当の形と見なして「おもしりーねー」「おもしりーなる」または「おもしりーくなる」のように「ねー・なる」をつなげます。同様に,「かった」をつなげれば、「おもしりーかった」が出来上がるわけです。なお、ここでは「終止形」はさらに進んで短く「おもしり」になっています。これは「形容詞の無活用化(学校文法で言えば語尾が変化しない)」と言われ,主に若い世代に見られます。-oi[‐オイ] が -i:[‐イー] になるという音変化とともに大分方言の特徴の一つです(多くの方言では,-oi[‐オイ]は -e:[‐エー]になるのが一般的です)。

意味は何となくわかるが,ちょっとだけその地域らしさが感じられるところが,いかにも大分方言らしさを表しています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 杉村 孝夫(すぎむら・たかお)

福岡教育大学名誉教授。
 専門は方言学,音声学。現在の関心は方言談話の研究。全国をフィールドに,場面設定の談話の収録と分析を行っている。
 共編著に『これが九州方言の底力!』(大修館書店 2009),『現代日本語方言大辞典』(明治書院 1992-1994),共著に『都道府県別 全国方言辞典』(三省堂 2009)などがある。

『これが九州方言の底力! 』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。