『クラウン独和辞典 第4版』では、語義の記述に先立って対応する英語を適宜掲げている。例えば Brief(手紙)で letter を、kaufen(買う)で buy を、nehmen (手に取る・受け取る)で take を挙げるというぐあいに、掲げられるのは語源的にではなく、意味上、もしくは語法上対応する英語*である。だから、sterben(死ぬ)では同語源の starve(餓死する・させる)ではなく die を、同様にklein(小さな)では clean (きれいな)ではなく small, little を、また Affe(サル)でも ape(類人猿)ではなく monkey を挙げている。 Hund (犬)で dog を挙げて hound(猟犬)を挙げず、Vogel(鳥)で bird を挙げて fowl(ニワトリ;鶏肉)を挙げないのは、より一般的で平易な英語に限ったからである。語義ごとに分けて異なる英語を挙げるも場合ももちろん生じ、例えば Frau では ①(英woman)女性… ②(英 wife)妻…、rasenでは ①(英 rush, speed)疾走する… ②(英 rage)荒れ狂う… などとなるので、そこに語源を同じくする英語が登場するケースもある。Bein で ①(英 leg)(人間・動物の)足… ④(英 bone)骨… となっているが、bone がBein と同語源であるとはあえて記述しない。
*筆者注:本稿では便宜上英語をイタリック体で表す。
意味の上で対応する英語を挙げるのは、ドイツ語が多くの日本の大学でいわゆる第2外国語に入っているように、ドイツ語の学習者のほとんどが第1外国語である英語の既習者であると考えられる現状を踏まえてのことである。独和辞典の利用者であるそうした人たちに、彼らの知っている英語をまず与えて、当該ドイツ語単語の意味の見当をつけさせるのは、語学の学習上たいへん有効であるからである。
先に「辞書の大きさ(2)」(こぼれ話91)でも触れたが、明治20(1887)年6月に共同館が発行した高良二・寺田勇吉共譯『獨英和三對字彙大全』(この当時は独和辞書の編著者は譯[述]者と称していた)は約16万語を収録する大型辞典であるが、見出し語だけでなく、用例句、派生語や関連語に至るまで記述されたすべてのドイツ語に英語訳と日本語訳を施している。巻末の跋言に「… 此書ノ體裁(テイサイ)タル英文ノ譯語ヲ採用セル者ハ他ナシ一ハ和譯ノ不充分ヲ補ヒ一ハ佗年(タネン)英語ノ益々(マスマス)我邦ニ流行シ竟(ツイ)ニ通用語トモナルベキノ気運アルニ由リテ然(シカ)ルナリ …」(注:ふりがなは筆者)と記されてある。今日われわれの身の回りにも英語あるいは英語とおぼしき日本語が充溢氾濫してはいるが、幸いなことに英語を我が国の通用語にしようなどという運動はまだ起こっていないようである。