クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

13 耳の文化と目の文化(2)-表音文字vs表意文字-

筆者:
2008年6月16日

表意文字の漢字といえどもその読み方、発音があるのだから、漢字で書かれたテクストを見てもその音声を通して理解しており、その点では表音文字の場合と違わないとも考えられる。しかし、アルファベットなどの表音文字の場合は、個々の文字とそれが表す音(おん)は意味をもたないが、それらの組み合わせによって語が表されており、アルファベットをたどることによって語の意味が浮かんでくる。だが、漢字はなんらかの要素の組み合わせによって発音を表しているのではなく、また、基本的な漢字の構成要素と音(おん)との間に一定の対応関係があるわけでもない。漢字の音(おん)はそれ自体が意味をもった語を表わしている。漢字の読み方を習うことは同時に語とその意味を学ぶことに他ならない。従って、私たちは漢字を見るとその発音だけでなく、同時に意味も浮かんでくるのだ。逆に、「独語」、「仏語」といった音訳漢語の「独」や「仏」などは音(おん)だけを表わしているのだが、そこにも何らかの意味的な連想を抱いてしまうことがある。

実際にテクストを読むときは、声に出して読むことよりは内容を把握することの方が重要なのだから、漢字などの表意文字で書かれたテクストの場合、発音は後回しになり、意味だけを追っていくことになるのだ。

日本語の表記に漢字を使うのは同音異義語が多いからだと言われるが、しかし話し言葉では支障がないのであり、なぜそれでコミュニケーションが成り立つのかと言うと場面や前後関係などで判断がつくからだ。ただし、そうは言っても、実際の話し言葉ではなるべく紛らわしい表現は避けるであろうし、反対に、書き言葉では漢字の助けがあるためにその必要はないであろう。もし日本語に同音異義語が多いとしたら、それは書き言葉では漢字によって意味の区別ができるために別の表現を工夫する努力を怠ってきた結果としてそうなったのだと言えよう。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 新田 春夫  ( にった・はるお)

武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)