絵巻は、現実の忠実な再現ではありません。カメラで捉えたスナップショットとは、大きく相違しています。本来あるはずのものが省略されたり、あるいはわざと誇張されたりします。また、現実にはあり得ない光景になったり、類型化・様式化されたりします。絵巻は固有の技法や方式によって描かれているのです。ここでは、こうした絵巻の描かれ方について簡単に触れておきますので、今後の参考にしてください。
① 絵巻の見方
絵巻は、本来の形が巻物ですので、画面の右から左に見るのを原則として描かれています。巻物は、左側を開いて見ていくものだからです。
② 絵巻の時間
絵巻に描かれる時間も、右から左に流れます。しかし、連続式絵巻で、例えば長い行列が右方向に進んでいる場面などでは、左に行くほど過去の時間ということになります。段落式絵巻でも、一つの場面において、過去の時間が暗示されることもあります。例えば、障子(今日の襖)が開いて描かれていれば、それは、そこを人物が通った後であることを示しています。過去の時間、違った時間が絵に暗示されているのです。
③ 異時同図法(いじどうずほう)
同一人物などが、一場面に複数描かれている場合があります。これを、異時同図法と呼びます。複数描くことによって、違った時間、あるいは時間の経過を示すわけです。上記の②の場合も、違った時間を示していますが、狭義では、同一人物などが一場面に複数描かれている場合を指します。絵巻物特有の描写法で、この説明だけでは理解しにくいかもしれません。実例は、後の回で具体的に示したいと思います。
④ 絵巻の昼夜
絵巻は夜の時間でも、昼の光景のように描きます。そのために、夜の時間であることを示す場合には、灯台や松明(たいまつ)などの照明具を描いたり、人や犬などが寝ている様子を描いたりします。寝ている様子がなくても、照明具があれば、まず夜の時間と見て間違いはありません。なお、国宝『源氏物語絵巻』では、霞が夜の時間を表すとの指摘があります。
⑤ 遠近法
絵は、三次元の世界を二次元で表しますので、遠近法によって奥行きを表現します。普通は、遠くにあるものを小さく描き、手前に見えるものを大きくします。しかし、手前に見えるものを、小さく描く逆遠近法も使用されています。
⑥ 絵巻の視点
絵巻は、物事を水平に見るよりも、ある高さから俯瞰(ふかん)する構図が多く使用されますが、仰ぎ見るような構図にすることもあります。また、鳥瞰(ちょうかん)するような構図の場合、それぞれ違う方向からしか見えない所を合成して、同一の視点で描いたりします。空間が歪められたり、変形されたりするのです。ですから、部分は正しくても、全体として見ると現実にはあり得ない光景となります。複数の視点が、一つに合成されるからです。絵巻を見る際には、その絵がどのような視点になっているかに注意する必要があります。
⑦ 吹抜屋台(ふきぬきやたい)
室内の様子などを俯瞰する構図で描こうとする場合、普通は屋根や天井、あるいは格子(こうし)(蔀(しとみ)とも)などが邪魔をして、見通すことはできません。しかし、絵巻では、これらを省略して室内を立体的に描くことがあります。この技法を吹抜屋台と呼んでいます。
⑧ 引目鉤鼻(ひきめかぎはな)
貴族や皇族などの人物や、その侍女たちなどは、多く引目鉤鼻という技法で描かれます。下(しも)ぶくれの顔の輪郭に、ぼやかされた眉、一線に引かれた眼、くの字形の鼻、小さな口というように類型化されます。身分の低い者たちには、この技法は使用されません。絵巻を享受するのは、貴族たちですから、この技法によって、誰にでも親しみやすくしているのでしょう。しかし、類型化・様式化されていても、うつむいたり、横を向いたりする姿勢などによって、そこに微妙な心理や心情の綾が象徴的に表現されています。なお、女性の後ろ姿などは、重要な人物であっても頭部を小さく描いたりします。
⑨ 霞の使用
絵巻は見える光景をすべて描くわけではありません。不要な部分は、霞をただよわせて必要な部分を浮かび上がらせます。また、山野の光景などで遠近感を出すために霞が使用されます。連続式絵巻では、光景が変わる場合に、霞を描いて次の光景になるようにします。霞にも意味があるわけです。
以上のほかに、個々の絵巻によっては、特有な描かれ方もあります。また、これらのことが認められないものもあります。以上のことは、あくまでも一般的に言える事柄になることに留意してください。