絵巻で見る 平安時代の暮らし

第3回 『源氏物語絵巻』「宿木(二)」を読み解く

筆者:
2013年5月11日

場面:匂宮と六の君の新婚四日目の昼間。
場所:六条院東北の町(夏の町)の寝殿の母屋か。
時節:陰暦8月19日。

人物:[ア]大袿(おおうちき)姿の匂宮(父:今上帝、母:明石中宮)、26歳。[イ]小袿姿の六の君(父:夕霧、母:藤典侍、落葉宮の養女)、21~22歳ほど。[ウ][キ]裳唐衣(もからぎぬ)衣装の若い侍女。

絵巻の場面 最初にこの場面を確認しましょう。これは、[ア]匂宮と[イ]六の君との結婚を描いていることは確かですが、はたしてどの時点になるのでしょうか。ここには、照明具が描かれていませんので、昼間の光景になります。当時の結婚は、婿が最初の三日間、夜になってから妻の家に訪れますので、その期間でしたら夜の時間になり、絵には照明具が描かれるはずです。ですから、この場面は、結婚三日間のことではなく、[ア]匂宮と[イ]六の君の二人が初めて昼間に逢う、四日目の情景であることが分かります。このことは、詞書で明らかです。その詞書の部分を、ここでは、本文がやや違いますので、『源氏物語』のほうで示すことにします。本文を読みながら、絵を見てみてください。匂宮が六の君の魅力にすっかりひかれている様子が語られています。

宮は、女君の御ありさま昼見きこえたまふに、いとど御心ざしまさりけり。大きさよきほどなる人の、様体(やうだい)いときよげにて、髪の下(さが)り端(ば)、頭(かしら)つきなどぞ、ものよりことに、あなめでたと見えたまひける。色あひあまりなるまでにほひて、ものものしく気高き顔の、まみいと恥づかしげにらうらうじく、すべて何ごとも足らひて、容貌(かたち)よき人と言はむに飽かぬところなし。二十に一つ二つぞあまりたまへりける。

【訳】 匂宮は、女君(六の君)のご様子を昼の明るい時にご覧になると、いよいよご愛情が深くおなりになるのであった。背格好もほどよい人で、容姿もほんとうに美しくて、髪の垂れ具合、頭つきなどは、ほかと比べてとてもすぐれていて、なんとお綺麗なとお見えになるのだった。お肌の色あいはこれほどまでもと思われるくらいにつややかに映えて、重々しく品位の高いお顔で、目もとがいかにも見る人が気恥ずかしくなるくらいに利発そうで、およそ何もかも備わっていて、器量のよい人と言うのに不足な点は何もない。二十歳を一つ二つ越えていらっしゃるのだった。[注1]

場面の構図 それでは、場面全体を見てみましょう。

室内:①~③四尺の几帳(きちょう) ④几帳②の土居(つちい) ⑤几帳の野筋(のすじ) ⑥六曲(ろっきょく)一双(いっそう)の屏風の一隻(片方) ⑦繧繝縁(うんげんべり)の畳 ⑧竜鬢筵(りゅうびんむしろ) ⑨高麗縁(こうらいべり)の畳 ⑩立烏帽子(たてえぼし) ⑪~⑫蝙蝠扇(かわほりおうぎ) ⑬裳の引腰(ひきごし) ⑭板敷

画面中央よりやや右寄りに、⑥屏風(裏側)と③几帳(表側)が斜めに描かれていて、左右に分割されていることに気づきます。右側は、[ア]匂宮と[イ]六の君、左側は侍女が五人配されています。左右それぞれに意味があります。また、この場面は、寝殿造の室内の様子になりますが、柱や障子が描かれていません。『源氏物語絵巻』で、柱や障子が描かれていないのは、この場面だけです。これらを描かないことで、晴れやかな光景にしているのかもしれません。

画面右側―新婚の夫妻 次に右側をじっくり見てみましょう。⑥屏風と③几帳の他に、①・②の几帳もあって、やや閉鎖的な空間となっています。これは、新婚の二人だけの情愛のありようを暗示しています。匂宮の着ている大袿は下着のようなもので、この姿は、身分の高い皇子などに許されるくつろいだ様子になります。その左手は、六の君の袖を捉えていますので、これはその魅力にひかれた愛撫の表現でしょう。物語の本文そのものです。男性は、室内でも頭頂部を見せることなく、下着姿でも⑩立烏帽子などを被(かぶ)ります。

一方の六の君は、袖で口元を覆(おお)い恥じらう様子を見せています。右手に持つ⑪蝙蝠扇[注2]は下に垂れており、匂宮に気を許していることを示していると思われます。衣装は分かりにくいですが、小袿姿でしょう。額髪を肩のあたりで切り揃えた「下がり端(ば)」が見え、長い髪は衣装の裾に見え隠れています。これは、美しさの表現です。

二人がいる場所は、寝所とする説もありますが、六の君の昼の御座(おまし)[注3]でしょう。⑦繧繝縁の畳[注4]が置かれ、⑧竜鬢筵[注5]が重ねられています。このセットは、もともと天皇が昼の御座で使用する最高級品ですので、六の君の父となる夕霧が、いかに結婚を豪華にしようとしたかが暗示されていることになります。

画面の境界―屏風と几帳 今度は、画面を左右に分ける境を確認します。⑥屏風は、雲立涌(くもたてわき)[注6]と呼ぶ文様が見えますので、その面は裏側になります。表側には大和絵が描かれます。①~③の几帳はいずれも、⑤野筋と呼ぶ紐が二条ずつ見えますので、こちらは表側になります。この紐は裏側で折り返されています。左側の侍女たちからは、裏側の⑥屏風と表側の③几帳が並んで見えることになります。右側の二人には、この逆です。なぜ表と裏が並んでいるのでしょう。これは、屏風は必要とする人側に絵のある表側を向け、几帳は逆に裏面にするからです。几帳は、④土居[注7]と呼ぶ台で支えられ、必要とする人がそれを動かして空間を変えるようにしますので、裏側である必要があるのです。匂宮側に裏側が向くわけです。

画面左側―扇で顔を隠す侍女たち 残った左側を見ましょう。⑨高麗縁の畳[注8]に座る侍女が上部に[ウ][エ]の二人、間に⑭板敷を見せて、下部に[オ][カ][キ]の三人が配されています。いずれも⑫扇を手にしています。[エ]の侍女の扇には、骨が見えていますので、紙を張る蝙蝠扇になります。この侍女たちは、華やかな裳唐衣衣装[注9]という正装と認められますので、本来でしたら檜扇(ひおうぎ)のほうがいいのかもしれません。[キ]の侍女は分かりにくいですが、残りの者たちは、いずれも扇で顔を隠し、恥じらう様子になっています。いったい、この恥じらいは何を意味しているのでしょうか。匂宮と六の君との睦言(むつごと)を聞いているわけではないでしょう。扇で隠す方向に注意してみますと、[ウ][エ][オ]の侍女は画面の左方向を隠し、[カ]は面前になっています。[キ]は俯いています。この様子から、⑭板敷を、匂宮が左側から来たことを暗示していると考えられないでしょうか。[カ][キ]の侍女の場合は、面前の通過のようでもあります。侍女たちは面前を通る匂宮の美しさを見て、あたかも自分が恋の相手であるかのように、思わず恥じらったのでしょう。左下の[オ]の侍女は、匂宮と六の君のほうを見ていると解釈する説がありますが、恥じらって顔をそむけた姿勢として考えておきます。それによって、匂宮を迎えた夕霧家の喜びも暗示されていると思われます。侍女などのことは物語でも語られていますが、華やかで祝福される二人の結婚をこの左側の画面で示していたと言えるのです。

* * *

  1. 『源氏物語』本文は、以下のように続いている。
    「いはけなきほどならねば、片なりに飽かぬところなく、あざやかに盛りの花と見えたまへり。限りなくもてかしづきたまへるに、かたほならず。げに、親にては、心もまどはしたまひつべかりけり。ただ、やはらかに愛敬(あいぎやう)づきらうたきことぞ、かの対(たい)の御方はまづ思ほし出でられける。もののたまふ答(いら)へなども、恥ぢらひたれど、また、あまりおぼつかなくはあらず、すべていと見どころ多く、かどかどしげなり。よき若人ども三十人ばかり、童六人、かたほなるなく、装束なども、例のうるはしきことは、目馴れて思さるべかめれば、ひき違(たが)へ、心得ぬまで好みそしたまへる。」
    【訳】 幼い年頃ではないので、未熟で不足なと思われるところもなく、際立っていて盛りの花とお見えになる。このうえなく大切にしてお育てなさったので、至らない点もない。なるほど、親としては、六の君のため夢中になられるのも当然であった。ただ、ものやさしく情味があってかわいらしいということでは、あの対の御方(中の君。すでに匂宮の妻)をまず思い出しになるのだった。六の君は、宮がお話しなさるお返事なども、恥ずかしそうであるけれど、また、あまり引っ込み思案というのではなく、すべてじつにすぐれているところが多く、才気あるお人柄である。美しい若い女房たちが三十人ほど、女(め)の童が六人、見苦しい者はいなく、装束なども、よくある格式ばったことでは、匂宮が目新しくもなくお思いになろうから、意表をついて、合点がゆかぬくらい度を越えて趣向を凝らしていらっしゃる。)
  2. 蝙蝠は、コウモリで、その翼を広げたように見える紙を張った扇。檜製の正装に用いる檜扇に対して言う。
  3. 畳などを置いて、昼間に自分の居場所とする所。
  4. 「うげんべり」とも読み、「繧繝端(うんげんばし)」とも書く。縁(へり)が赤地に縦縞(たてじま)の文様になっている畳。
  5. 藺草(いぐさ)に色染めされた藺草をまぜて織り出し、梅花の文様の縁をつけた筵。
  6. 平行する蛇行曲線の中に雲形を描いた文様。衣服に使用されると、上皇・親王・摂政の指貫(さしぬき)用、関白の袍(ほう)用となる。
  7. ここは几帳の柱を立てる木の台。帳台にも言う。
  8. 「高麗端」とも書く。縁に花文を施した畳。
  9. 上衣は上半身だけを覆う短い唐衣、腰から下の後方には裳を着ける侍女の正装。裳に付属する帯状の引腰⑬が見える。

筆者プロフィール

倉田 実 ( くらた・みのる)

大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年は辞書の挿絵も手がける。

『全訳読解古語辞典』

編集部から

三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生による連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」が、この4月からスタートしました。代表的な絵巻を取り上げながら、絵巻の中に描かれる人々の生活について絵解き式でご解説いただきます。ご一緒に、絵巻の空間にタイムスリップしてみませんか。次回は室内から外に飛び出し、平安時代のサッカー「蹴鞠」を取り上げます。お楽しみに。

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