絵巻で見る 平安時代の暮らし

第4回 『年中行事絵巻』巻三「蹴鞠」を読み解く その1

筆者:
2013年5月25日

場面:蹴鞠(けまり)をする公達。
場所:ある貴族邸の南庭。
時節:陰暦3月のある日。

庭内:①鞠(毬) ②冠 ③括(くく)り紐 ④浅沓(あさぐつ) ⑤立て烏帽子(えぼし) ⑥僧綱襟(そうごうえり) ⑦檜扇(ひおうぎ) 
建物:⑧高欄(こうらん) ⑨簀子(すのこ)

絵巻の場面 この場面は、何をしているのか、すぐにお分かりですね。男性たちが見上げる先に①「鞠」が描かれていますので、これは庭で蹴鞠をしているところです。春爛漫の時節は、蹴鞠にふさわしい頃でした。鞠は鹿皮で作られ、完全な球形ではなく、絵巻に見るように、中央部にくびれがあります。蹴鞠は勝ち負けを争うものではなく、鞠を地面に落とさないようにして、掛け声をかけあいながら他の人に次々と蹴り渡していく遊びです。ここがサッカーと大きく違いますが、足だけでリフティングを続けることとも言えます。ただし、蹴り足は、右に限ります。プレーする人は「鞠足(まりあし)」と呼び、この他にプレーを見届けるレフリーのような役をする「見証(けんぞ)」(人数不定)、介添え役の「野臥(のぶし。野伏とも)」が付きました。蹴鞠をする場所は「懸(かかり)」と言います。ひとまず、これだけのことを確認して、具体的に絵巻を見ながら、蹴鞠のことも理解していきましょう。

鞠足は何人か この絵で蹴鞠をする人、すなわち鞠足は何人いるでしょう。それを見分けられますか。正解は、8人のようです。ここには、13人の人が描かれていますが、全員がプレーしているわけではありません。

人物:[ア]男の童
[イ][キ][ス]冠直衣姿(かんむりのうしすがた)の貴族
[ウ][オ][カ][ク][ケ][コ][サ][シ]狩衣姿(かりぎぬすがた)の貴族
[エ]僧侶

[ア]は、頭に何も被(かぶ)らず髪を見せていますので、これは成人前の男の子、プレーするわけではありません。次に、[ケ][コ][サ]の三人に注目してみましょう。手には檜扇(ひおうぎ)[注1]を持っていますね。開いた扇を手にしていたのでは、プレーにさし障ります。ですから、この三人は「見証」役と見られますが、[ス]の人をその役とする説もあります。しかし、手紙らしきものを見ており、プレーに無関心です。[サ]の人物は、[シ]の男性に扇で何やら指示している趣ですので、やはり見証でしょう。そうしますと、[エ]の僧侶も含めて、残りの8人が鞠足ということになります。この8という数字を覚えておいてください。

木々の役目は 次に蹴鞠をしている場所について確認しましょう。男性たちは、なぜ木々の間で蹴鞠をしているのでしょう。サッカー場に木などは植えられていません。しかし、蹴鞠をする場には、木々が必要だったのです。この木々には幾つかの役目がありました。一番重要な役目は、フィールドとなる「懸」をはっきりさせるためでした。プレーする場があちこち移動してしまわないように、木々を目印にして場所を区切ったのです。広さは違いますが、サッカーで言えば、コーナーフラッグの役目をしたわけです。また、鞠を上方に蹴り上げる時、その高さは、いずれかの下枝以上とされました。高さの目安になったのです。さらに、鞠は枝にさわって思わぬ動きをしますが、それに応じて優雅にプレーすることが求められました。ここに技量が発揮されるのです。木々は、蹴鞠の場に必要だったのです。この木を「懸の木」と言いました。

懸の木とは それでは、木の種類を確認してみましょう。

Cは松、Eは柳に間違いありません。A・B・Dは同じように見えますが、幹の感じは、A・Bが同じで、Dとは違っています。そうしますと、A・Bは桜、Dは楓のようです。なぜ、楓かと言いますと、遊びであった蹴鞠が、鎌倉時代に行事として体裁が整った時に、懸の木が、楓も含めて図のように4本と定められ、「式木(しきのき)」とされたからです。

図の式木の配置と絵巻のそれとを比べてみてください。絵巻のAを除外し、Dを楓とすると、まったく同じような配置になります。絵巻の東西南北ははっきりしませんが、斜め右上が北とした場合です。平安時代末に成立した『年中行事絵巻』の頃に、すでに桜・松・柳・楓の取り合わせがあったことになります。また、木は4本が正式とされ、それぞれに2人ずつ鞠足が付くとされました。先にこの絵巻の鞠足を8人と考えたことも、これと符合するわけです。

なお、行事となった蹴鞠の場合、懸の木は、もともとその庭にあった木を利用するか、あるいは根のある木をわざわざ移植しました。それを「元木(もとき)」と呼び、根のない木を立てる時は「切立(きりたて)」と呼びました。現在でも、京都の上賀茂・下鴨神社や白峯神宮[注2]などで蹴鞠が行事として行われていますが、切立がされています。

《次回につづく》

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  1. 檜の薄板を重ね、白い絹糸でとじた扇。
  2. 京都市上京区にある、崇徳天皇・淳仁天皇を祭る神社。蹴鞠で有名で、サッカーファンの聖地。

筆者プロフィール

倉田 実 ( くらた・みのる)

大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年は辞書の挿絵も手がける。

『全訳読解古語辞典』

編集部から

三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、代表的な絵巻を取り上げながら、その背景や絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回は、この「蹴鞠」の絵の中の2人に迫ります。お楽しみに。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております