《前回からのつづき》
庭内:①鞠(毬) ②冠 ③括(くく)り紐 ④浅沓(あさぐつ) ⑤立て烏帽子(えぼし) ⑥僧綱襟(そうごうえり) ⑦檜扇(ひおうぎ)
建物:⑧高欄(こうらん) ⑨簀子(すのこ)
人物:[ア]男の童
[イ]・[キ]・[ス]冠直衣姿(かんむりのうしすがた)の貴族
[ウ]・[オ]・[カ]・[ク]・[ケ]・[コ]・[サ]・[シ]狩衣姿(かりぎぬすがた)の貴族
[エ]僧侶
鞠足の服装 前回に続いて、8人の鞠足たちの衣装について見てみましょう。3種類の衣装に分けられますね。まず[エ]は僧衣を着ており、僧侶です。僧衣の襟が立てられていますので、これを僧綱襟(そうごうえり)と言います。他の7人は、冠の[イ]・[キ]の2人と、立て烏帽子の[ウ]・[オ]・[カ]・[ク]・[シ]の5人となります。前者は「冠直衣姿[注1]」、後者は「狩衣姿[注2]」と言います。
このうち、冠直衣姿の[イ]の人物に注目してみましょう。いったい、[ア]の童に何をしてもらっているのでしょう。通説では、④浅沓[注3]の革紐を結び直してもらっているとされていますが、はたしてそうでしょうか。浅沓の紐を結ぶにしては、童の手の位置は高すぎて、踝(くるぶし)より上の膝のあたりになっています。これは、指貫[注4]の裾にある足もとを括る紐を結び直しているのではないでしょうか。右の足もとから出ている③が、その「括り紐」になります。『源氏物語』「若菜上」巻の蹴鞠をする段に、次のようにあることが参考になります。
桜の直衣のやや萎(な)えたるに、指貫の裾つ方すこしふくみて、けしきばかり引き上げたまへり。
【訳】 夕霧大将は、桜の直衣のやや糊気(のりけ)のぬけたのを着て、指貫の裾のあたりが少しふくらませて、ほんの心もちばかり引き上げていらっしゃる。
夕霧は、踝よりやや高い所で指貫の括り紐を結んだために裾がふくらんでいるのです。絵巻の童は、この紐を夕霧のように結っているのだと思われます。[イ]の貴族は、これから蹴鞠に参加しようとしているのか、あるいは、緩んだ括り紐を結い直していることになります。現存の『年中行事絵巻』には詞書がありませんので何とも言えませんが、もしかしたら、この[イ]の貴族にまつわる物語があったのかもしれません。そんな想像をしてみることも絵巻を見る楽しみになります。
なお、蹴鞠の時には浅沓が脱げないように、足首のほかに別の紐を足の甲に回して固定します。絵巻の人たちも、見証役を含めて、沓に回された紐が見えます([コ]だけは不明)。見証役もプレーに参加するのかもしれません。蹴鞠専用の沓として、現在も使用されている「鴨沓(かもぐつ)」がありますが、これは室町時代になってから考案されたようです。沓の先端が鴨の嘴(くちばし)に似ているのでこの名がついたとされています。
それでは、[イ]の貴族の様子も含めて、なぜ衣装がばらばらなのでしょうか。それは、たまたまこの邸に居合わせた人たちが、蹴鞠でもしようということで始められたからでしょう。見物人もいませんので、あらたまった行事としてではなく、遊びとして蹴鞠に興じていることになります。蹴鞠は、公卿(くぎょう)も加わる、身分を問わない遊びだったのです。そんな光景が、この絵巻に描かれているのです。
注
- 貴族の日常服となる直衣に、烏帽子ではなく、冠を使用した姿。改まった時にする服装。
- 貴族の日常の略服。
- 深沓に対して言う。足の側面や甲の前部を覆う沓。紐で足首に結びつけて履く。
- 袴の一種。