絵巻で見る 平安時代の暮らし

第1回 はじめに

筆者:
2013年4月20日

これから、主に平安時代末から鎌倉時代にかけて成立した著名な絵巻物(以下、絵巻とします)の一場面、または一部分を任意に取り上げて、人や物がどのように描かれているのか、あるいは、なぜその人や物が描かれているのかを読み解いていくことにします。

絵巻は、「絵」と、話の内容となる「詞書(ことばがき)」とから成り立つ巻物(巻子本(かんすぼん))で、両者が共同して物語となっています。絵は、長く続く場合(連続式絵巻)と、詞書で区切られて一定の長さで一場面が構成される場合(段落式絵巻)とがあります。後者の場合は、その一場面を取り上げますが、前者の場合は、適宜に一部分だけを取り上げることにします。

ここでは、絵を分かりやすくするために、線描で描き直した図を使用することにします。これによって、人や物の輪郭をはっきりと示せますし、記号を付しての解説が容易になります。近年は、絵巻そのものではなく、線描で説明することが多くなっています。絵巻の理解には、この方法が有効だからです。

絵巻は、当然のことながら、制作された当時の風俗や習慣などが反映されています。想像・空想によった絵巻でも、時代の制約から自由ではありません。また、物それ自体やその名称などは、今日では使用されなかったり、違っていたりします。ですから、当時の様子を理解することは、絵巻を読み解く際にどうしても必要です。そして、その理解をもとにして絵巻を見直してみますと、豊かで奥深い世界が描かれていることに気づきます。描かれている人や物に、あるいは画面の構図に、絵巻の内容に沿った意味や、制作者の意図が込められているからです。これらの意味や意図を考えることは、絵巻を見る大きな楽しみになります。

絵巻を見る楽しみのもう一つは、描かれた人物に感情移入してみたり、自分がその場に居合わせているかのような臨場感を味わってみたりすることです。絵巻も物語ですので、その進行や場面に身をゆだねてみること、ここに絵巻を見る楽しみがあります。

これから皆さんと一緒に、当時の風俗を理解しながら、絵巻を読み解き、味わっていきたいと思います。

なお、線描画を使用するため、以下の解説では色彩のありようや、衣装や文様の細かな説明は、多く省略することになります。これらを知りたい方は、絵巻物全集・美術全集や、絵巻を所蔵する美術館・博物館などでご覧になってください。また、原画の破損・剥落(はくらく)などによって、線描が困難な場合が多々あります。こうした場合は、むやみな再現をせずに空白のまま処理していきます。ただし、いわゆる国宝の『源氏物語絵巻』については、その所有者である徳川黎明会(保存展示は徳川美術館)で行われた復元模写を参照しましたが、基本は原画を尊重しています。

筆者プロフィール

倉田 実 ( くらた・みのる)

大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

『全訳読解古語辞典』

編集部から

このたび新たに、『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生による連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」が始まりました。『源氏物語絵巻』や『紫式部日記絵詞』などといった代表的な絵巻を取り上げながら、絵巻の中に描かれる人々の生活について、絵解き式でご解説いただきます。ご一緒に、絵巻の生活空間の中にタイムスリップしてみませんか。次回は、絵巻入門「絵巻を読み解くために」です。お楽しみに。

※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております