これから、主に平安時代末から鎌倉時代にかけて成立した著名な絵巻物(以下、絵巻とします)の一場面、または一部分を任意に取り上げて、人や物がどのように描かれているのか、あるいは、なぜその人や物が描かれているのかを読み解いていくことにします。
絵巻は、「絵」と、話の内容となる「詞書(ことばがき)」とから成り立つ巻物(巻子本(かんすぼん))で、両者が共同して物語となっています。絵は、長く続く場合(連続式絵巻)と、詞書で区切られて一定の長さで一場面が構成される場合(段落式絵巻)とがあります。後者の場合は、その一場面を取り上げますが、前者の場合は、適宜に一部分だけを取り上げることにします。
ここでは、絵を分かりやすくするために、線描で描き直した図を使用することにします。これによって、人や物の輪郭をはっきりと示せますし、記号を付しての解説が容易になります。近年は、絵巻そのものではなく、線描で説明することが多くなっています。絵巻の理解には、この方法が有効だからです。
絵巻は、当然のことながら、制作された当時の風俗や習慣などが反映されています。想像・空想によった絵巻でも、時代の制約から自由ではありません。また、物それ自体やその名称などは、今日では使用されなかったり、違っていたりします。ですから、当時の様子を理解することは、絵巻を読み解く際にどうしても必要です。そして、その理解をもとにして絵巻を見直してみますと、豊かで奥深い世界が描かれていることに気づきます。描かれている人や物に、あるいは画面の構図に、絵巻の内容に沿った意味や、制作者の意図が込められているからです。これらの意味や意図を考えることは、絵巻を見る大きな楽しみになります。
絵巻を見る楽しみのもう一つは、描かれた人物に感情移入してみたり、自分がその場に居合わせているかのような臨場感を味わってみたりすることです。絵巻も物語ですので、その進行や場面に身をゆだねてみること、ここに絵巻を見る楽しみがあります。
これから皆さんと一緒に、当時の風俗を理解しながら、絵巻を読み解き、味わっていきたいと思います。
なお、線描画を使用するため、以下の解説では色彩のありようや、衣装や文様の細かな説明は、多く省略することになります。これらを知りたい方は、絵巻物全集・美術全集や、絵巻を所蔵する美術館・博物館などでご覧になってください。また、原画の破損・剥落(はくらく)などによって、線描が困難な場合が多々あります。こうした場合は、むやみな再現をせずに空白のまま処理していきます。ただし、いわゆる国宝の『源氏物語絵巻』については、その所有者である徳川黎明会(保存展示は徳川美術館)で行われた復元模写を参照しましたが、基本は原画を尊重しています。