絵巻で見る 平安時代の暮らし

第32回 『源氏物語』「竹河(二)」段の「玉鬘の娘姉妹の囲碁と垣間見」を読み解く

筆者:
2014年12月20日

場面:玉鬘の娘姉妹が碁を打つのを蔵人少将がのぞき見をするところ
場所:玉鬘邸の寝殿とその周囲
時節:薫15歳の三月の夕方

人物:[ア]細長姿の大君(父・故鬚黒、母・玉鬘)、18~19歳 [イ]小袿姿の中君 [ウ]見証(けんぞ。判定役)の女房か [エ]袿姿の女房 [オ][カ]裳姿の女房 [キ]冠直衣姿の蔵人少将(父・右大臣夕霧、母・雲居雁)、19~20歳
室内:①廂 ②高麗縁の畳 ③碁盤 ④巻き上げた御簾 ⑤下長押 ⑥袖口 ⑦繁菱文様の単(しげびしもんようのひとえ) ⑧碁笥(ごけ) ⑨・⑲風に揺らぐ御簾 ⑩朽木形几帳 ⑪・⑫几帳の手 ⑬簀子 ⑭高欄 ⑮裳 ⑯檜扇 ⑰高欄のない簀子 ⑱・柱 ⑳壁渡殿 冠 上長押 鴨居 帽額 御簾
庭先:Ⓐ霞 Ⓑ壷庭 Ⓒ桜 Ⓓ散った桜

絵巻の場面と時間 この場面は、玉鬘の大君と中君とが囲碁をしているのを、大君に思いを寄せる蔵人少将がのぞき見するところを描いています。最初に画面の時間を確認しましょう。一日のいつ頃でしょうか。それは画面に暗示されています。答は夕方なのです。画面の上部、右から左にかけてぼやかされていますね。これは絵巻の技法の一つのⒶ霞(「やり霞」とも)で、『源氏物語絵巻』では夕方の時間であることを示しているのです。

『源氏物語』の本文 次にこの場面に相当する物語本文を確認しておきましょう。

中将など立ちたまひて後、君たちは打ちさしたまへる碁打ちたまふ。昔より争ひたまふ桜を賭け物にて、「三番に数一つ勝ちたまはむ方に花を寄せてん」と戯れかはし聞こえたまふ。暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。御簾巻き上げて、人々皆いどみ念じきこゆ。折しも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出でたまひにければ、おほかた人少ななるに、廊の戸の開きたるに、やをら寄りてのぞきけり。
【訳】 中将(玉鬘長男)たちが立ち去りなさった後、姫君たちは中途でやめておられた碁をお打ちになる。昔から争っておられた桜を賭け物にして、「三番で数一つ勝たれる方に花を譲りましょう」と冗談を言い合っておられる。暗くなったので、端近くで打ち終えられる。御簾を巻き上げて、女房たちは皆競い合って勝ちをお祈り申す。その折しも例の蔵人少将が、侍従の君(玉鬘三男)のお部屋に来ていて、中将たちと連れだってお出かけなられていたため、大体が人少なであり、廊の戸が開いていたので、そっと近寄ってのぞき見したのだった。

絵柄は、以上のような本文によっていますので、具体的に見て行くことにしましょう。

碁を打つ姉妹 まず碁を打つ姉妹の様子からです。座っている場所は、寝殿の①廂で、②畳の高麗縁に沿うように③碁盤が置かれています。二人がいる間(ま)だけ、④御簾が頭部あたりまで巻き上げられています。これは「暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。御簾巻き上げて」とあった本文を再現しています。

御簾に頭部が隠れて見えるのが[ア]大君です。衣装は、上記以前の物語本文に「桜の細長、山吹などの折にあひたる色あひ」とあったのを描いています。原画では上の衣に小桜文様があり、その下に山吹重ねとなる赤の衣二領と黄の衣三領が見えますので、それと分かります。大君の右手は碁石を挟んで碁盤に置いていますが、左はどうでしょうか。⑤下長押にかかる⑥袖口に手は見えませんね。左手は袖に出さずに、単を口元に当てて、口覆いをしているのです。それは袖口に見えるのと同じ⑦繁菱文様のある単が胸元に見えることで分かります。妹の前でも素顔をみせない大君のたしなみを示しているのでしょう。

向かい合う[イ]中君は、頭部が小さく描かれています。後ろ姿は多くこのように描かれますね。衣装は同じく本文に「うす紅梅」とありましたが、襲の色目とすると原画では剥落や退色があるのか、はっきりしません。ただ上の衣に梅鉢文様は見えます。右手は、⑧碁笥から碁石を取り出そうとしていますが、うつむいているようですので、目はしっかりと碁盤に向かい、真剣に指し手を考えているのでしょう。

碁の賭け物 碁は当時、僧尼も含めて老若男女が楽しんだ娯楽でした。場合によっては、賭け碁もされました。この二人も、本文にありましたように庭先のⒸ桜を賭けています。三番勝負で二番勝ったほうが、自分のものとしたのです。結果は中君の勝ちで、大君は桜を譲って、自身は冷泉院のもとに参院(院の后になること)することになるのです。

女房たち 姉妹の碁に対して、本文には「人々皆いどみ念じきこゆ」と、肩入れする女房たちがいたとされています。しかし、それらしきは画面左の室内にいる[ウ]女房だけで、⑨風に揺らぐ御簾の内側に添えた⑩朽木形几帳の⑪手の上部に描かれています。この女房は見証役でしょうか。なお、⑪手の下にも⑫几帳の手が見えていて几帳があるようですが、⑩朽木形几帳と交差していますので、これは剥落して下絵が見えているのかもしれません。

この他では、くつろいで⑬簀子で⑭高欄に寄り掛かっている[エ]袿姿の女房は、桜を見上げていて碁に関心はなさそうです。裳を着けていませんが、その事情は分かりません。

画面中央の[オ][カ]二人も、話に夢中のようです。しかし、勝負の結末などを話しているとも考えられますね。⑮裳を着け、右側の女房は⑯檜扇を開き、左側は閉じています。二人がいるところは、⑰高欄のない簀子で、その奥に⑱柱と、やはり⑲揺らぐ御簾があり、建物を繋いでいますので、⑳壁渡殿になりましょう。二人はⒷ壷庭のⒸ桜に面していますので、一番華やかに見えます。この段を絵に堪能な女房が描いたとする説はうなずけます。

揺れる御簾と桜 風が吹いて御簾が揺らいでいることを見ましたが、なぜそうなっているのでしょうか。それは風が桜を散らすとする当時の自然観によっているのです。華やかな画面にするために、庭にもⒹ散った桜が描かれています。桜が散るのは風のせいですから、吹いているのを御簾の揺らぎで暗示したのだと思われます。*挿絵が動きます。ただし一部環境では動かないことがあります。

このⒸ桜の幹の部分には⑭高欄が透けて見えています。これは桜があとから描かれたからになりますね。物語では「老木(おいき)」とされていますが、どのように見えますか。

蔵人少将の様子 これらの光景をのぞき見しているのが、画面右側にいる[キ]冠直衣姿の男性です。これは大君との結婚を願っている蔵人少将です。原画では剥落のため下書きの線が見えていて、冠をかぶった頭の角度が何度か描き直されたことが分かります。

蔵人少将は、「廊の戸」が開いていたところから見たとされていますが、画面ではどうでしょうか。戸は分かりますか。上長押の下部を見てください。柱をはさんで二間分が描かれていますが、上長押の下が違っていますね。右側には鴨居がはめられています。これで妻戸があることを表現しているのです。だから、帽額のある御簾越しにのぞき見できるわけです。扉は吹抜屋台の技法で描かれていません。

建物の配置 桜は、後の本文に「西の御前に寄りてはべる木」とあり、寝殿西面前の南庭にあったと思われますが、画面は妻面の壷庭にしています。そうしますと、画面は北側から見たことになり、⑳壁渡殿は南渡殿で、蔵人少将がいるところは西の対になるはずです。しかし、この位置に妻戸はありませんし、蔵人少将は「廊の戸」からのぞき見したされていますので、矛盾してしまいます。そもそも「廊の戸」からののぞき見が分かりにくく、また「西の御前」にこだわると建物の配置が理解できなくなります。ここは画面を構成するために、あえて寝殿造の構造を無視していることになりましょう。

画面の構図 最後に画面の構図を確認しましょう。絵巻は右側から見るものでした。そうしますと、まず目につくのが蔵人少将です。のぞき見のポーズですので、左方向はその視線で捉えられた光景となります。そのために、斜めの線の構図にしたのでしょう。さらに、この蔵人少将を含めて、この場の光景も描こうとしていますので、建物の配置が理解しにくくなっているのかもしれません。また、風に散る桜を中心にした構図とも言えましょう。

筆者プロフィール

倉田 実 ( くらた・みのる)

大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

『全訳読解古語辞典』

編集部から

三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。今回は、一部にアニメーションを取り入れました。次回は「橋姫」の段を取り上げます。舞台は宇治、晩秋の月明かりに照らし出される姉妹二人を薫が垣間見るという場面です。薫の視線を通して、美しい姉妹の姿を一緒にご堪能いただきます。お楽しみに。

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