筆順が正しいとか,間違っているとか,『筆順指導の手びき』によったとかと,「筆順」について取り上げられることが少なくない。各社版の学習用漢和辞典や表記ハンドブックには,必ずと言って良いくらいに『筆順指導の手びき』という書名が出てくる。この「手びき」が旧文部省から公にされたのは,昭和33年のことである。また,この書が扱っている漢字は,「当用漢字別表」(昭和23年内閣告示)に掲げられた漢字である。漢字と言えば,今日の,「常用漢字表」がまず思い出されるが,戦後まもなくの時代には,「当用漢字表」のほかに,「当用漢字音訓表」,「当用漢字別表」,「当用漢字字体表」,「人名用漢字別表」という5種類の漢字表が,次々に告示されていた。
「手びき」の対象となったのは,このうちの「当用漢字別表」である。この別表は,「教育漢字」とも呼ばれ,教育関係者には広く知られていた。すべてで881字ある。この表は,今日では,「学年別漢字配当表」(『小学校学習指導要領』所収)と呼ばれているものに相当する。漢字数は,多少増えて,「常用漢字表」のうちの,1006字である。これも「教育用漢字」などとと呼ばれることが少なくない。
「筆順」は,「教育漢字」の,小学校・中学校における教育現場における,指導上の一貫性を保つためにも必要だと考えられ,前述の「手びき」が作成されたのである。ここでは,少なくとも「楷書」と呼ばれる字体(書体)の筆順が,複数存在している現実に対して,一種類とし,指導上の容易さを考慮したのである。しかし,「手びき」に示された「筆順」のみが正しいというわけでもなく,ほかにもある筆順が誤りだというわけでもない。しいていえば,正しい筆順の一例を示したものなのである。
今日,この「手びき」に示されている「筆順」が,国語表記ハンドブックや学習用漢和辞典などに引用,掲載されている。しかし,辞典等には,さらに多くの漢字が掲げられている。このため,「手びき」に掲げられていない漢字については,同書の「本書の筆順の原則」に準じて,筆順を示しているのである。
本書は,あくまでも指導者用として作成されたものである。ここに示されている漢字を「学習用漢字」と称する人々もいるが,それでは主客転倒になる。昨今の学校のあり方が問われそうである。
なお,この「手びき」は,「まえがき」,「1. 本書のねらい」,「2. 筆順指導の心がまえ」,「3. 筆順指導の計画について」,「4. 本書の筆順の原則」,「5. 本書使用上の留意点」,「6. 当用漢字別表の筆順一覧表」,「7. 筆順一覧の索引」の8章からなっている。いうまでもないが,一般の辞典類には,このうちの「6. 当用漢字別表の筆順一覧表」の内容が引用・掲載されている。