漢字雑感

第2回号外 『筆順指導の手びき』

筆者:
2015年5月25日

筆順が正しいとか,間違っているとか,『筆順指導の手びき』によったとかと,「筆順」について取り上げられることが少なくない。各社版の学習用漢和辞典や表記ハンドブックには,必ずと言って良いくらいに『筆順指導の手びき』という書名が出てくる。この「手びき」が旧文部省から公にされたのは,昭和33年のことである。また,この書が扱っている漢字は,「当用漢字別表」(昭和23年内閣告示)に掲げられた漢字である。漢字と言えば,今日の,「常用漢字表」がまず思い出されるが,戦後まもなくの時代には,「当用漢字表」のほかに,「当用漢字音訓表」,「当用漢字別表」,「当用漢字字体表」,「人名用漢字別表」という5種類の漢字表が,次々に告示されていた。

「手びき」の対象となったのは,このうちの「当用漢字別表」である。この別表は,「教育漢字」とも呼ばれ,教育関係者には広く知られていた。すべてで881字ある。この表は,今日では,「学年別漢字配当表」(『小学校学習指導要領』所収)と呼ばれているものに相当する。漢字数は,多少増えて,「常用漢字表」のうちの,1006字である。これも「教育用漢字」などとと呼ばれることが少なくない。

「学年別漢字配当表」

「筆順」は,「教育漢字」の,小学校・中学校における教育現場における,指導上の一貫性を保つためにも必要だと考えられ,前述の「手びき」が作成されたのである。ここでは,少なくとも「楷書」と呼ばれる字体(書体)の筆順が,複数存在している現実に対して,一種類とし,指導上の容易さを考慮したのである。しかし,「手びき」に示された「筆順」のみが正しいというわけでもなく,ほかにもある筆順が誤りだというわけでもない。しいていえば,正しい筆順の一例を示したものなのである。

今日,この「手びき」に示されている「筆順」が,国語表記ハンドブックや学習用漢和辞典などに引用,掲載されている。しかし,辞典等には,さらに多くの漢字が掲げられている。このため,「手びき」に掲げられていない漢字については,同書の「本書の筆順の原則」に準じて,筆順を示しているのである。

本書は,あくまでも指導者用として作成されたものである。ここに示されている漢字を「学習用漢字」と称する人々もいるが,それでは主客転倒になる。昨今の学校のあり方が問われそうである。

なお,この「手びき」は,「まえがき」,「1. 本書のねらい」,「2. 筆順指導の心がまえ」,「3. 筆順指導の計画について」,「4. 本書の筆順の原則」,「5. 本書使用上の留意点」,「6. 当用漢字別表の筆順一覧表」,「7. 筆順一覧の索引」の8章からなっている。いうまでもないが,一般の辞典類には,このうちの「6. 当用漢字別表の筆順一覧表」の内容が引用・掲載されている。

筆者プロフィール

岩淵 匡 ( いわぶち・ただす)

国語学者。文学博士。元早稲田大学大学院教授。全国大学国語国文学会理事、文化審議会国語分科会委員などを務める。『日本語文法』(白帝社)、『日本語文法用語辞典』(三省堂)、『日本語学辞典』(おうふう)、『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 本文編』『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 索引編』(ともに笠間書院)など。

編集部から

辞典によって部首が違うのはなぜ? なりたちっていくつもあるの? 編集部にも漢字について日々多くのお問い合わせが寄せられます。
この連載では、漢字についての様々なことを専門家である岩淵匡先生が書き留めていきます。
読めばきっと、正しいか正しくないかという軸ではなく、漢字の接し方・考え方の軸が身につくはずです。
毎月第2月曜日の掲載を予定しております。今回は、第2回に出てくる『筆順指導の手びき』について、ご解説いただく号外として掲載いたしました。