新しい英語語彙指導と辞書 ―新指導要領、CAN-DOリスト、CEFR-Jをふまえて―

(4)あるSELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)校での話/教科書本文を「語彙」の視点で見直す/どこに焦点を置くか?/正しい「単語の目利き」とは?/

2014年8月8日

前回までに,基本100語,2,000語の区切りと受容語彙,発信語彙という区別を「幹」と「枝葉」の喩えでとらえ,その重要度に応じた「メリハリのある」語彙学習を意図的に行うべきということを述べました。今回は具体的な教材の料理の仕方を例にこのポイントを振り返ってみましょう。

あるSELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)校での話

これはあるSELHi校での話です。私はSELHiのアドバイザーをしていて,あるとき研究授業に呼ばれました。教科書はD社のA教科書(Ⅱもの)を使っていました。授業では次の一節を扱っていました。

If the mosquito likes you, she lands on your skin very gently, and she breaks it with her proboscis tip. Proboscis tip? What’s that? It’s a kind of mouth and it is just under the mosquito’s eyes. It contains six sharp instruments called stylets. She pushes all six stylets into your skin at once, and if she hits a blood vessel, she’ll get a full dinner in about a minute. All this usually takes place so quickly and quietly that you may not have noticed anything was happening.

これを読めば分かるとおり,高校2年生で触れる英語として,少し難しいと思われる単語がいくつか入っています。

教科書本文を「語彙」の視点で見直す

単語を語彙レベルで分類して一見して分かるように示すと,次のようになります。

If the mosquito likes you, she lands on your skin very gently, and she breaks it with her proboscis tip. Proboscis tip? What’s that? It’s a kind of mouth and it is just under the mosquito’s eyes. It contains six sharp instruments called stylets. She pushes all six stylets into your skin at once, and if she hits a blood vessel, she’ll get a full dinner in about a minute. All this usually takes place so quickly and quietly that you may not have noticed anything was happening.

濃い色:1,000語レベル
薄い色:2,000語レベル
  :1万語以上レベル

濃い色の単語が1,000語レベルです。薄い色の単語が2,000語レベルです。ところが,proboscis,styletsという単語は,10,000語レベル以下です。本文を読んで,「恥ずかしい。私が知らない単語がある」と思った読者の方がいるかもしれません。しかし,全然恥ずかしくありません。私も,実はこの単語を知らず,研究授業のときに「あの単語は何だろう?」と思いました。このように高校の英語の教科書には,ときどき見たこともない単語も出てきます。

どこに焦点を置くか?

教科書本文の英文をどのように料理したらよいでしょうか。英語教員はテキストをどのように練習させたり解説したりするべきでしょうか。研究授業では,先にあげたテキストを次のように練習させていました。

(    )(    ) is a kind of mouth and it is just under the mosquito’s eyes.

これは空所補充問題です。このような問題がスクリーンに映し出されていて,空所を埋めさせるような口頭練習をさせていました。これは教科書本文中の英文です。空所にはproboscis tipが入ります。確かに後ろの部分のa kind of mouth ~という説明を読めば,「あの単語だ」と思い出して入れることはできるかもしれません。実際,生徒たちは正答を答えていました。この活動を否定するわけではありませんが,proboscisという単語は,JACET8000のランク外,おそらく大学入試問題にも出る可能性のほとんどない単語です。蚊(mosquito)に関するトピックなので,たまたま教科書に出ている単語だと言えるでしょう。

教科書の単語を網羅的に覚えさせる指導はよくありません。私は研究授業をとてもすばらしいと感じましたが,語彙指導の部分を少し見直した方がよいと思いました。私はこの研究授業の講評をするときに,正直に「私はproboscis tipという表現を知りませんでした。このような単語を発信語彙になることを念頭に口頭練習させることは見直した方がよいです。語彙の力のイメージを変えてはどうでしょうか」と提案しました。

正しい「単語の目利き」とは?

そこで正しい「単語の目利き」が必要になります。基本100語,あるいは1,000語ぐらいまでで使われる表現がテキストの中にどのように使われているかという視点で目利きをします。次の英文を見てください。

If the mosquito likes you, she lands on your skin very gently, and she breaks it with her proboscis tip. Proboscis tip? What’s that? It’s a kind of mouth and it is just under the mosquito’s eyes. It contains six sharp instruments called stylets. She pushes all six stylets into your skin at once, and if she hits a blood vessel, she’ll get a full dinner in about a minute. All this usually takes place so quickly and quietly that you may not have noticed anything was happening.

蚊に関する内容自体は重要だと思いません。proboscis tipよりも,むしろproboscis tipを説明している部分に注目すべき表現が隠れています。このテキストを学習したときに大事なのは,次のような説明をするための英語です。

(    )? What’s that?
 ―It’s a kind of (    ) and it is (    ).
 ―It contains (    ) called (    ).

何かを最初の空所に与えて,What’s that?と尋ねられたときに,このような文を使って説明できるような基礎英語力。これこそが語彙を発信的に使う時に威力を発揮します。そしてこのテキストはそれに関して素晴らしい素材を提供しているのです。
例えば,空所にblood vessel(血管)を与えるとすると,どう説明したらよいでしょうか。

( Blood vessel )? What’s that?
―It’s a kind of ( tube ) and it is ( in your body ).
―It ( carries blood all around your body ).

相手が知らないことについてWhat’s that?と尋ねたときに,こういう文を使って説明する練習をさせます。生徒がIt’s a kind of tube and it is in your body. It carries blood all around your body.(それは一種の管で,あなたの体内にあります。それは身体中の血液を運びます)と説明できれば,すばらしいことです。やさしい単語でblood vesselが説明できています。私は講評で「易しくて良質の表現がテキストにたくさん出てきています。それに注目して表現がパッと出てくるように,素材のテキストを料理してはどうでしょうか」と言いました。例えば,こけし,たくわん,三味線など,日本の風物や文化を説明させたりする活動にも展開できるでしょう。

Kokeshi [ Takuwan / Shamisen ]? What’s that?
―It’s a kind of doll [ food, musical instrument ].

このような基本語彙の表現にフォーカスした練習は非常に大事だと思います。proboscis tipを覚えるよりも,基本語彙を使いこなす運用能力を養ってあげたいなと,研究授業を見て感じました。

(つづく)

筆者プロフィール

投野 由紀夫 ( とうの・ゆきお)

東京外国語大学大学院教授。専門はコーパス言語学、辞書学、第2言語語彙習得。

東京学芸大学大学院修士課程を修了後、東京都立航空高専、東京学芸大学を経て、渡英、ランカスター大学博士課程でコーパス言語学を修める。言語学博士。その後、明海大学をへて現職。
2003年、NHK『100語でスタート!英会話』講師で「コーパスくん」というキャラクターが人気爆発。日本ではじめてコーパス言語学の成果を英会話番組に本格的に応用した。同時に、JACET8000, ALC SVL12000などの語彙表の作成を主導するなどコーパスに基づく英語教材開発を推進。代表的なものに、『コーパス練習帳』、『コーパス1800/3000/4500』(東京書籍)、『エースクラウン英和辞典』(三省堂)、『プログレッシブ英和中辞典第5版』(小学館)など。また学習者コーパス研究では世界的に著名で、JEFLLコーパス、NICT JLEコーパス、ICCIなどのコーパス構築プロジェクトを主導。現在はCEFR-Jという新しい英語到達度指標を開発し、CAN-DOリストとコーパス分析による英語シラバスの科学的構築に関する研究で世界中駆け回っている。International Journal of Lexicography (OUP), Corpora, International Journal of Learner Corpus Research (Benjamins) などの国際学術ジャーナルの編集委員、Lexicography (Springer)の編集長、英語コーパス学会副会長、アジア辞書学会元会長。

編集部から

三省堂では『エースクラウン英和辞典』の編者としておなじみの投野由紀夫先生の連載です。

第2・第4金曜日の午前に掲載する予定です。