北ユーラシアでは、寒冷な気候のために農耕があまり発達しませんでしたが、まったくできないわけではありません。ソ連時代にはシベリアの村々でも国営農場がつくられ、村人がジャガイモなどの生産に従事していました。規模は縮小しましたが、現在でも一部は継続していますし、村で定住している人々は家の敷地内に畑や温室を作って野菜を育てています。
筆者がオブゴルト村でお世話になっているダリアさん(仮名)の家の庭にも畑と温室があります。春から秋にかけて、畑ではジャガイモやニンジン、サニーレタスのような葉野菜、ディルやメリッサ(レモンバーム)等のハーブ、ハウスではトマト、ナス、ピーマン、ウリ等を作っています。ダリアさんは家庭菜園に意欲的で、村の人々が栽培していないものにも挑戦しています。これまで、タマネギやキャベツ、スイカ、イチゴ等も試しましたが、残念ながら育ったことがないそうです。
どの家庭でも、近所の人々と情報を交換したり、雑誌の記事やテレビの情報を参考にしたりして、さまざまな工夫をしています。ダリアさんは、夏でも気温低いときには、温室の中に電気コンロをそのまま置いて加熱し、夜のあいだずっと保温するという工夫をしていました。私は火事にならないか、漏電しないか、心配で滞在中は絶えずどきどきしていましたが、収穫まで何事も起きませんでした。そのおかげか、2018年の夏には、大きくておいしいキュウリとトマトができました。畑で育てたジャガイモはゴルフボールくらいの大きさで、ニンジンは細いものしかできませんでしたが、多少は収穫することはできました。毎年、気候や世話の仕方でかなり収穫量に差がでるそうです。
実際には、家庭菜園で一年分の野菜を獲得できるわけではありません。しかし、南方の農耕地帯から遠く離れたこの場所では、商店では新鮮な野菜が手に入らないので、とれたてで瑞々しいというだけでとてもうれしい気持ちになります。夏には食卓にとれたての生野菜を使ったサラダが並び、肉・魚料理に生のディルやパセリが彩りを添えます。そうして、収穫を喜んでいたころ、ダリアさんの畑にある敵がやって来ました。
オブゴルト村の数名はウシやウマを飼養しています。日中、ウシ・ウマは放し飼いになっており、彼らは村を自由に歩き回って雑草を食みます。油断すると、民家の敷地にも勝手に入ってくることがあります。ある早朝、ふと窓から外を見ると、一頭のウシが庭に侵入して、雑草を食べ始めました。筆者は、雑草を抜く手間が省けるかなと、ぼんやりしていたら、雑草の延長で、畑のハーブまで食べ始めました。これはたいへんだと、急いで外に出て、ウシを追い払いましたが、半分以上のハーブがすでに食べられていました。
こうした被害にあわないように、各家では敷地の外周に塀や柵を設けています。これまで簡素な1mくらいの高さの木製の柵でしたが、最近では1.5~2m以上の金属製の塀が人気です。木製の薄い柵は冬の雪の重さですぐに傾いてしまうからです。村を見渡すと金属製の高い塀が多く、家と家のあいだの距離や閉鎖感を感じるかもしれません。ですが、これはこうした家畜による被害を防ぐためやメンテナンスを少なくするためという合理的なものでもあります。
ダリアさんは今年の冬には部屋の中にプランターをたくさん置いて、ミニトマトを育ててみたいと言っていました。冬のあいだはセントラルヒーターが休みなく稼働するため、部屋の中はずっと暖かいからです。収穫できるかどうか、ダリアさんからの便りが楽しみです。
ひとことハンティ語
単語:Ма хотэм Осака хуща
読み方:マー ホーテン オオサカ フーシャ。
意味:私の家は大阪にあります。
使い方:自己紹介をするときに使います。