『日本国語大辞典』をよむ

第50回 変身する語

筆者:
2018年12月30日

お正月にはだいたいの方がお餅を食べると思うが、この「モチ」を調べてみると次のようにある。

もち【餠】〔名〕(1)糯米(もちごめ)を蒸して十分粘りけの出るまで臼で搗(つ)き、丸めたり、平たくのしたりしたもの。そのまま食したり、餡(あん)や黄粉(きなこ)をつけて食べたり、乾燥させたあと焼いたり、煮たりして食する。糯米以外に、粟、黍(きび)などでもつくる。また、艾(よもぎ)の若芽をつき込んだりするものもある。正月、節供、祭、新築祝いなど、主に慶事の時につく。もちいい。もちい。《季・冬》*名語記〔1275〕六「正月に流布する菓子のもち、如何。もちは餠也」*俳諧・野ざらし紀行〔1685~86頃〕「しのぶさへ枯て餠かふやどり哉」*滑稽本・東海道中膝栗毛〔1802~09〕初「ヲヤ餠(モチ)かとおもったら、くすりみせだな」(2)つきたての(1)のように、柔らかくふっくらとしたもの。語誌 (1)古くは「モチイヒ」の略で「モチヒ」と呼ばれていた。鎌倉時代に入ってもモチヒの形が見られるが、平安時代中期にはハ行転呼の現象により、既に「モチヰ」の形をとっていたと思われる。(2)鎌倉時代にはヰとイの混乱が生じており、「モチイ」は末尾の母音連続を約して「モチ」となった。(3)室町時代の辞書類を見ると、モチ・モチイ両方の形をのせているものが多い。「七十一番職人歌合」の「もちゐうり。あたたかなるもちまいれ」のように両方同時に用いた例も見られる。しかし「くさもち」「かいもち」のように複合語はほとんどモチの形になっている。(4)この変化はやがて単独での語形にも及び、江戸期に入るとモチのみをあげる辞書がほとんどとなり、「餠 モチヒ〈略〉俗にはモチといひ又カチヒといふ也」〔東雅-一二〕など、モチヒを古語扱いしたものもある。(5)「豊後国風土記」や「山城国風土記」の、モチが白鳥になって飛んでいくという寓話に象徴されるように、古来モチは神聖視されてきた。また、保存がきくため間食、酒の肴として重宝され、「言継卿記」をはじめ公家の日記にはモチを肴に酒をのんだ記録も多く見られる。

「語誌」欄に「モチイヒ」「モチヒ」という語形のことが記されているので、これらについてもあげておこう。

もちいい【餠飯・糯飯】〔名〕「もち(餠)(1)」に同じ。*和玉篇〔15C後〕「餜 モチイヒ」*滑稽本・七偏人〔1857~63〕二・上「著ものの上から餠飯(モチイヒ)を取捕へ、かういふあんべへに引張と、餠と体の皮の間が透から」

もちい【餠・糯飯】〔名〕(「もちいい(餠飯)」の変化した語)「もち(餠)(1)」に同じ。*十巻本和名類聚抄〔934頃〕四「餠 殕字附 釈名云餠〈音屏 毛知比〉令穤麺合并也 胡餠以麻着之〈今案麺麦粉也 世間餠粉阿礼是也〉」*大鏡〔12C前〕二・時平「冬はもちゐのいと大なるをば一、ちひさきをば二をやきて」*俳諧・鶉衣〔1727~79〕前・上・八・餠辞「やや御仏事のもちゐ始る比」

見出し「もち」の「語誌」欄に記されていることを整理すると、「モチイヒ」という語がまずあり、その省略形として「モチヒ」という語形もあった。その「モチヒ」が「モチ」になったとのことだ。ただし、少し疑問もある。934年頃に成ったと考えられている『和名類聚抄』が「モチヒ」の語形を示していて、その前の語形であるはずの「モチイヒ」は15世紀頃になった『和玉篇』に先立つ使用例が示されていない。つまり「モチイヒ」から「モチヒ」がうまれたと説明しているのに、「モチイヒ」の古い時期の使用例がなさそうなことが疑問ではある。今ここでは疑問を提示するにとどめておこう。

とにかく、現在使っている「モチ」という語形は「モチイヒ」→「モチヒ」→「モチ」と変化してできた語形だろうということだ。

かつて藤田まことが「中村主水(なかむらもんど)」という登場人物を演じるテレビドラマがあった。かなり長い間続いたシリーズなので、ご存じの方も多いと思う。この「モンド」を『日本国語大辞典』で調べると次のように記されている。

もんど【主水】〔名〕(「もいとり(水取)」の変化した語)「もんど(主水)の司」の略。*春林本下学集〔室町末〕「水主 モンド 膳部召水試進」*浄瑠璃・舎利〔1683〕一「ひむろの里人参内し、君が恵の厚氷動きなき代のためしに任せ主水(モンド)につひで捧げける」*俳諧・冬の日〔1685〕「有明の主水に酒屋つくらせて〈荷兮〉かしらの露をふるふあかむま〈重五〉」語誌 飲料水を取り扱うところから、「水」を意味する「もひ」を構成要素としてもつ「もひとり」を起源とし、「もんどり」「もんどん」の語形を経て、中世に現われた言い方。

「語誌」欄には「モヒトリ」→「モンドリ」→「モンドン」→「モンド」と語形変化したことが記されている。15世紀頃には「モンドリ」の語形が確認できる。『日本国語大辞典』には見出し「もんどん」もあるが、そこには使用例があげられていない。「モンドリ」の末尾のラ行音「リ」が撥音化して「モンドン」となってから「モンド」になったと考える方が音韻変化としては自然であろう。「モンド」も変化の末にたどりついた語形だ。

〈怪しい、不思議だ、奇っ怪だ〉という語義をもつ「メンヨウ(面妖)」は現在ではあまり使わなくなっているだろうが、『日本国語大辞典』は、この「メンヨウ」を「(「めいよ(名誉)」の変化した「めいよう」がさらに変化したもの。「面妖」はあて字)」と説明している。その説明通りだとすると、この語も「メイヨ」→「メイヨウ」→「メンヨウ」と語形変化したことになる。

かなり姿=語形を変えて「変身」する語があることがわかる。そうそう、ニワトリなどにある「トサカ」も「トリサカ(鳥冠)」→「トッサカ」→「トサカ」と語形変化したものです。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。