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曲のエピソード
イギリスが生んだ異色の男女デュオ、ユーリズミックス。1954年スコットランド生まれのアニー・レノックスと、ギターも担当するデイヴィッド・スチュワート(イングランド生まれ)のコンビから成る。ユーリズミックス結成前は、The Touristsなるバンドに所属して活躍しており、当時、両者は恋人同士だったと言われている。2ndアルバム『SWEET DREAMS (ARE MADE OF THIS)』(1983)のタイトル曲が全米No.1を獲得し(全英チャートでは惜しくもNo.2)、本国イギリスはもとより、アメリカでの大成功も収めて一躍人気デュオの座に就いた。
日本でもラジオやTV番組のBGMとして頻繁に流れて人気の高いこの曲は、じつは彼らにとって本国イギリスにおける唯一のNo.1ヒット曲である。極端なショート・カットでボーイッシュなイメージのアニーが、珍しくロング・ヘアのウィッグを着けてドレスをまとった姿で登場したPVも話題になった。なお、レコーディングの際、伴奏部分で流れる優しい音色のハーモニカはスティーヴィー・ワンダー本人の演奏によるものだが、PVでは愛らしいブラックの子供がその役を演じている。また、PVでデイヴィッドが扮しているのは“太陽王”の異名をとったフランスのルイ14世とのこと。
曲の要旨
まるで初恋のようなときめきを突然に覚えたひとりの女性。その胸の高鳴りは、ひょっとしたら天使が私の心を楽器代わりに激しくかき鳴らしているのかも知れない。こんな気持ちになったのは初めて。天使たちの楽団がいっせいに彼女の心をかき鳴らし、恋する気持ちをどこまでも高ぶらせてくれる。恋の予感とえも言われぬ歓喜。これが天使からの恋のお告げなのかしら…。
1985年の主な出来事
アメリカ: | 上院で対日制裁法案が可決される。 |
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日本: | 対アメリカの貿易黒字が約400億ドルに迫り、日米間で貿易摩擦が起こる。 |
世界: | ソヴィエト連邦でミハイル・ゴルバチョフが書記長に就任する。 |
1985年の主なヒット曲
I Want To Know What Love Is/フォリナー
One More Night/フィル・コリンズ
We Are The World/USAフォー・アフリカ
The Power of Love/ヒューイ・ルイス&ニュース
Part-Time Lover/スティーヴィー・ワンダー
There Must Be An Angel (Playing With My Heart)のキーワード&フレーズ
(a) thrown and overblown
(b) There must be an angel
(c) one’s heart goes boom
(d) hallucinating
(e) play with one’s heart
もう数年前の話になるが、教えている翻訳学校の生徒さんで、ロンドンに留学中の方がいらっしゃった。彼女はたまに学友と一緒にカラオケ(英語では[kæ̀rióuki]と発音しますね)に出かけていたらしいのだが、うちひとりの男性が、この曲が十八番だったそうで、ユーリズミックスを知らなかったその生徒さんは、てっきりこの原曲は男性シンガーが歌っていたと思っていたそうである。「もとは女性が歌った曲だと知ってビックリしました」と、講師へのメッセージ欄にお書きになっていたことが印象に残っている。
もちろん、胸をかき乱されるような恋心を歌ったこの曲を、男性が歌っても不自然ではない。事実、フィンランド出身のロック・バンド、レニングラード・カウボーイズ(Leningrad Cowboys/とんがったリーゼント頭が特徴)が原曲のテンポをやや速めてカヴァーしたヴァージョンも存在する。が、やはりこの曲の歌詞は、女性が歌ってこそ映えると思うのだ。ちなみに、翻訳学校の生徒さんの学友は、カラオケ店で、出だしの部分を無理してファルセットで歌っていたそうである(苦笑)。
(a)のふたつの動詞の原形は、それぞれ“throw”と“overblow”。受動態であるから、いずれも他動詞として使われていることが判る。前者は“当惑させられる”、後者は“吹き飛ばされる”。自分でどうすることもできないほどに抑えきれない恋心を表す際には、“この気持ちを抑えきれなくて、私の心は天高く飛んで行ってしまいそう”ぐらいの意味だろうか。また、“overblow”と似た単語の“blow”には、“相手の心を揺さぶる”という意味もあり、往年のR&Bヴォーカル・グループのデルフォニックス(Delfonics)のヒット曲に「Didn’t I (Blow Your Mind This Time)」(1970/全米No.10)というのがある。タイトルを訳すと“今度の僕の君への愛情表現は君の心を揺さぶることができたかな?”という感じ。“The wind blows.”は「風が吹いている」という意味だが、“blow”や“overblow”には、日本語の“ブッ飛ぶ”にも近いニュアンスの意味が込められている。
(b)の“must be ~”は、みなさんも学校の英語で習うように、“~に違いない”という推量、ひいては強い確信を表す言い回し。例えば、道端で見覚えのある人にバッタリ出くわした時など、“You must be Mr. Jones.(あなたはジョーンズさんですよね)”といった風に使う。あるいは、”It must be true.(それは本当に違いない)”という言い方をする時なども。この曲では、主人公の女性が心をかき乱されるほどの恋心を抱いたことを、“天使が私の心をくすぐっているに違いない”と歌っている。タイトルを関係代名詞を用いて書き換えると、次のようになる。
♪There must be an angel who is playing with my heart.
もしくは
♪An angel must be playing with my heart.
(c)の“boom”は「ドッカーンと鳴る、轟く音、ブーンと鳴る」という意味。この曲の主人公は、恋をして“自分のハートが激しく鼓動を打った”と言いたくてこうした表現を使っているのである。恋する女性の抑えても抑えきれないほとばしる思いが凝縮されたフレーズだ。
(d)は、長年にわたり訳詞を生業としてきた筆者でも、滅多にお目にかかれない単語のひとつ。原形の“hallucinate”は他動詞で「~に幻覚を起こさせる」。自動詞の場合は「幻覚を起こす」。ここでは“must be”の後に自動詞の進行形として用いられているため、「私は幻覚を見ているのかも知れない」ということを言っており、主人公の女性が目にしたと思った天使や天使の楽団を指して「私は幻を見ているのかも知れない」と言ってるわけだ。もしも“angel”に定冠詞の“the”が語頭に付いていたなら、それは実在する天使になってしまうので、ここには当然のことながら不定冠詞の“a”が語頭に付いている。
(e)はラヴ・ソングに登場する場合、“~の心をもてあそぶ”というあまりよろしくない意味で使われることが多い。が、ここの“play”に注目すると、歌詞に登場する天使が主人公の女性の心を楽器代わり(竪琴?)に演奏している、という意味にとれる。激しく心を揺さぶられるような胸のざわめきを、“天使が私の心を楽器に見立てて演奏している”という比喩となっているのだ。じつに詩的かつ抒情的で、甘美なメロディに彩られた極上のラヴ・ソング。