シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第三十九回:気候変動とハンティ②

筆者:
2021年4月30日

写真1・スノーモービルと筆者

前回のように、北極地域の環境は、開発や汚染などの人為的要因と、気候変動や異常気象等の自然要因より、長期的/短期的に変化しています。そして、そのことは国際政治・経済から人々の暮らしに至るまで、人間社会にさまざまに影響を与えています。今回は、実際にシベリアの住民たちはどのように環境変化を受け止め、日常を過ごしているのかについてお話しします。

筆者は調査地において、気候変動の認識や環境変化の影響が何かしらあるのではないかと思い、これまで調査地のハンティたちに気候変動や温暖化を感じるか、それらの影響があるかについて幾度も尋ねてきました。しかし、私の予想に反して、ほとんどの場合、あまりピンとこないといった反応を示され、テレビ等で聞いたことはあるが、思い当たらない、という答えが返ってきました。「温暖化で困っている」という答えは、ほとんど聞いたことがありません。代わりに、「そう感じなくもないけど、どちらにせよ寒いところだよ」、あるいは「年によって、暑い夏もあれば、あまり気温が下がらない冬もある。気候は毎年違うものだ」というような答えが返ってきます。

このように、気候変動や温暖化といった言葉に対して実際のところほとんど反応がありません。災害があったときにも同様です。例えば、2018年の春にスィニャ川で大きな洪水が起こり、オブゴルト村の一部が浸水しました。土地の低いところに水がたまり、家屋が浸水した人たちはボートを漕いで逃れたそうです。これを受けて元村長が動き、村を管轄する地区行政が盛土作業を始めました。写真は、対策として村の川岸と道に土と砂利を盛る作業をしているところです。

写真2・浸水防止用に川岸の道に盛られた砂利

大きな洪水の原因は冬と春の気象と考えられますが、村の人々はこうした自然災害もすぐに気候変動等とは結び付けません。毎年雪解けの時期は川が増水しますし、今回のような大きな洪水は10年か20年に一度は起きているそうです。村人もいつ起きてもおかしくないものという反応でした。また、盛土についても賛否両論です。一部の人は「放っておけば、水は次第に流れていく」、「道が自宅の窓よりも高くなった。雪が積もればさらに高くなる。家からスノーモービルが出せない」と、対策方法を批判していました。

他方で、環境や生態の変化に敏感に反応し、行政に積極的に政策改善を訴えることもあります。写真3は、オブゴルト村で行われた禁漁区条例に関する住民説明会の様子です。回遊する魚のいくつかの種類が減少傾向にあるとして、都市部の役人が漁の期間と捕獲量を制限することについて説明しに来ました。魚の減少には複数の原因が考えられますが、住民は数十年来の捕獲量の増加といった人為的な要因を問題視していました。村の人々は年間を通して川や湖で漁撈(ぎょろう)を行い、魚を主要な食料としています。そのため、住民は禁漁区条例に大きな関心を示していました。この説明会のとき、住民たちは激しく反対意見や内容の改善要求を出していました。それは自分たちの捕獲量が制限されるからという理由だけでなく、魚卵の密漁者やオビ川本流における捕獲量の増加も魚減少の原因となっているのではないかと懸念したからです。

写真3・オブゴルト村で行われた禁漁区に関する住民説明会のようす

このように、オブゴルト村の人々は、久々の洪水を起こりうるものと捉え、魚の減少を支流と本流による捕獲量の増加と考えていました。彼らは環境変化の捉え方は、当たり前ですが、毎日の身の回りの観察の積み重ねが基礎となっています。そのうえで過去との比較から気候変動や異常気象を捉え、とても柔軟に対処しています。だから、上述したように、気候変動に対して思い当たらないといった感想を持つのではないかと思います。しかし、実際にさまざまな環境変化がシベリア各地で起こっており、今後、オブゴルト村でも対処できないほどの急激な環境変化や災害が起る可能性もなくはありません。そのとき何が重要になってくるのか、彼らと一緒にリスクへの備えを考えていくためにも、彼らが何を見て、何を大事に思い、どう行動しているのかについてこれからも学んでいきたいです。

写真4・大好きなダリアさん(仮)と

さて、この連載は今回で一区切りになります。私にとって本連載の執筆は、現地で過ごした日々に気持ちを戻すことができる作業であり、研究活動の良い刺激となっていました。書き始めたころは仙台でポストドクターをしていました。その後、国立民族学博物館で2年間の特任助教を経て、神戸大学大学院国際文化学研究科で講師の職を得ることができ、幸運にも文化人類学の研究を続けられています。これからもいろいろな方法で研究成果を発信していきたいと思います。これまで拙稿をご覧いただき、ありがとうございました。またどこかでみなさまに再会できることを楽しみにしています。

ひとことハンティ語

単語:Па ям вәӆум вәӆа!
読み方:パ ヤム ヴェスム ヴェラ!
意味:さようなら!
使い方: 別れの時の挨拶です。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

神戸大学大学院国際文化学研究科・講師。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

2017年4月から開始したこの連載も今回で一区切りとなります。以前はシベリア=寒い、という印象しかなかった読者も多かったかもしれませんが、この連載を通じてシベリアの人々の生活様式の違いを感じたり、わたしたちの生活や考え方と同じ部分があることを発見したり、遠い地域に住む彼らを身近に感じたのではないでしょうか。連載の最初のころで大石先生がフィールドワークの準備を紹介されていましたが、万全の準備と気遣いがあってこそ、フィールドワークがより広く深くなり、実り多き研究なるのでしょうね。最終回までお読みいただきありがとうございました。