歴史で謎解き!フランス語文法

第42回 フランス語のスポーツ名の語源はなに?

2023年6月16日

学生:おはようございます。先生、なんか今日は機嫌よさそうですね。

 

先生:ふふ、昨日、私の贔屓(ひいき)のプロ野球チームが気持ちのいい勝ち方をしたからね。

 

学生:先生はプロ野球をご覧になるのですね。そういえば3月は WBC で侍JAPANが優勝して盛り上がりましたね。フランス語で野球は何と言うのでしょうか?

 

先生:le base-ball [bɛzbol]、アメリカ英語からの借用語だね。綴りはそのままだけど、フランス語では英語と違って base の s が濁る。ヨーロッパでは野球はマイナー・スポーツだけど、北米のケベック州では野球は人気があって、2004年まではモントリオールを本拠地とする大リーグのチームもあったし[注1]、今でも北米独立リーグに参加しているチームがいくつかある[注2]

 

学生: フランス語の野球用語はみんな英語からの借用語なのでしょうか?

 

先生:ケベックのフランス語では、フランス語に言い換えられている野球用語もあるみたいだね。例えばバット batte の代わりに bâton、ベース base の代わりに but が使われている[注3]

 

学生:フランスではどんなスポーツが人気なのですか?

 

先生:フランスのラジオ局、Europe 1 のウェブページにスポーツのライセンス[選手登録証]所持者数のグラフが掲載されていたので、それを見てみよう[注4]

学生: フランスではサッカーがやはり圧倒的に人気があるんですね。この前のワールドカップでもフランスは準優勝でしたよね。ぱっと見たところ、フランス語のスポーツ名は英語と同じものが多いですね。

 

先生:そうだね。近代スポーツの多くはイギリスで発達したものが世界に拡がったので、スポーツ名は英語からの借用が多いんだよ[注5]

 

学生:« judo »って、「柔道」のことですよね? フランス語でこの名称が定着しているのですか?

 

先生:フランス語の« judo »の初出は、Le Petit Robert によると1931年だね。judoka「柔道家」も1941年に用例が確認されている。judoka は男女同形で用いられるのが普通だけど、judokate という女性形もあるみたいだね[注6]。フランスは柔道大国で、競技人口は日本よりもはるかに多い[注7]。フランスでは柔道に限らず、空手、合気道やテコンドーなどの東洋起源の武術が人気だ。武術はフランス語では、les arts martiaux だね。arts は「技術」、martiaux は形容詞 martial の複数形で、この形容詞はラテン語 martialis 「マルスの」に由来している。マルスは、古代ローマの戦いの神様だ。

 

学生:フランスの人気スポーツのリストのなかで、équitation と natation の語尾は、両方とも -tion ですね。

 

先生:équitation は「乗馬」、natation は「水泳」で、この2つのスポーツ名はラテン語源で、英語由来のものではないね。

 

学生:フランス語で馬は cheval ですが、équitation とはなにか語源的なつながりはあるのでしょうか?

 

先生:いや équitation は、ローマ帝政期のラテン語 equitatio 「騎馬・馬術」から16世紀に借用された語で、「馬」を指すequus に由来する語だね。chevalとは語源的なつながりはないんだよ。cheval の初出は1180年で、古典ラテン語の caballus 「去勢馬、駄馬、荷馬」が語源だ。時代が下って中世の俗ラテン語の時代になると caballus equus を追いやって「馬」一般を示すようになり、それが cheval に引き継がれたんだ[注8]

 

学生:natation「水泳」は、「泳ぐ」を意味する動詞 nager の名詞形なのでしょうか?

 

先生:natation も16世紀になってから古典ラテン語 natatio「泳ぐこと」から借用された語で、nager とは語源的なつながりはない。古典ラテン語の natatio は、「泳ぐ」を意味する動詞 natare から派生した語なんだけれど、natare は俗ラテン語で *notare となり、古フランス語には nöer「泳ぐ」というかたちで引き継がれた。nöer は 16世紀まで用いられたのだけど、nouer 「結ぶ」や noyer 「溺れ死ぬ」と語形が似ていて紛らわしかったため、nager に追いやられてしまったんだ[注9]

 

学生:nager の語源は何なのですか?

 

先生:nager は、古典ラテン語の navigare 「航海する」が語源で、古フランス語でも「船を操縦する」という意味で用いられていたんだけど、12世紀末には「適切な動きで水の中を移動する」という意味でも使われるようになった。16世紀になると同意語として競合していた nöer を押しやって、「泳ぐ」という動詞は nager がもっぱら使われるようになったんだね。

 

学生:naviguer「航海する」というフランス語の動詞がありますが、この語の語源も古典ラテン語の navigare ではないですか?

 

先生:naviguer は、14世紀に古典ラテン語から借用されてできた動詞だね。naviguer と nager は、navigare を語源とする二重語 doublet(同一語源から生じ、形態・意味の異なる語)というわけだ。

 

学生:tennis は英語が語源ですか?

 

先生:そう。tennis は英語からの借用語で、1824年がフランス語としての初出だね[注10]。テニスの原型とされるジュ・ド・ポーム jeu de paume という球技が、tennis と呼ばれるようになったんだ。ただ現代のスタイルのテニスが普及するのは19世紀後半以降だね。

 

学生:そういえば1789年のフランス革命の直前に、「球戯場の誓い」というのがありましたね。

 

先生:平民の代表者たちが集結して、憲法制定までは国民議会を解散しないと誓った出来事だね。「球戯場の誓い」は、フランス語では Serment du Jeu de paume だ。「テニスコートの誓い」と記している本もあるけれど、当時その場所で行われていたのは、テニスではなく、ジュ・ド・ポームだったんだ。paume は「掌」という意味で、このスポーツは最初は手のひらで球を打っていたのだけど、その後、ラケットを使うようになっても名称はこのままだった。16世紀から17世紀がジュ・ド・ポームの全盛期だったんだけど、19世紀末以降、テニスが普及するにつれ、衰退してしまった。ただ今日でもイギリス、アメリカ、フランス、オーストラリアに競技者がいるみたいだね。ところでスポーツ名としての tennis は、英語からの借用なんだけれど、この語は逆輸入された語なんだ。

 

学生:えっ、「逆輸入」ですか? いったいどういうことでしょうか?

 

先生:英語の tennis の語源がフランス語にあるということだよ。英語では14世紀に tennis という語の用例があるのだけど、この語はフランス語の動詞 tenir の命令法 tenez に由来し、tenetz > tennes > teneys > tenys > tenise > tennisという具合に変化したのではないかと考えられているんだ。試合開始のときにサーバーが、レシーバーに tenez 「さあ(球を)取りなさい」と声かけしたところから、この名称になったと考えられている[注11]。フランス語から英語に借用されて、さらに19世紀になってからフランス語に逆輸入のかたちで借用されたんだね。

 

学生:へえ、借用語のなかには逆輸入された例もあるんですね。

 

先生:そういえばフランス語の sport も、英語から逆輸入された語だね。

 

学生:「スポーツ」を意味するフランス語の sport は英語語源だけど、英語の sport はフランス語に由来するということでしょうか?

 

先生:そういうことだね。英語の sport は disport「遊び、気晴らし」の語頭音の di- が消失したものなんだ。disport は、やはり「遊び、気晴らし」を意味する古フランス語の desport からの借用語なんだ。

 

学生:desport(古仏)> disport(英)> sport(英)> sport(現仏)という具合に、フランスからイギリスに旅立った語が、19世紀になってイギリスから戻ってきたんですね。

[注]

  1. モントリオール・エクスポズの後継となるワシントン・ナショナルズについてのウェブページ https://www.britannica.com/topic/Washington-Nationals (最終アクセス日:2023年4月15日)
  2. 北米の独立リーグ、フロンティアリーグのウェブページ https://www.frontierleague.com/landing/index. (最終アクセス日:2023年5月30日)
  3. Alain REY, Dictionnaire historique de la langue française, Paris, Le Robert, 2017, version iOS, Diagonal SAS, 2021: art. « base-ball ».
  4. https://www.europe1.fr/sport/exclu-europe-1-le-top-10-des-sports-les-plus-pratiques-en-france-en-2022-4166642(最終アクセス日:2023年4月15日)
  5. 佐野慎輔「近代スポーツを生んだ英国の階級文化─スポーツの始まり」 https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/history/sports/04.html (最終アクセス日:2023年4月15日)
  6. Le Petit Robert, 2022: art. « judo » et « judoka ».
  7. 柔道チャンネル「世界の柔道事情」https://www.judo-ch.jp/world/fr/(最終アクセス日:2023年5月26日)
  8.  REY, op cit.: art. « cheval » .
  9. Ibid.: art. « natation », « nager ».
  10. Ibid. : art. « tennis ».
  11. 寺澤芳雄編『英語語源辞典』研究社、1997年: art. « tennis ».

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

このコラム「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

次回第43回は、本年8月の第3金曜日に公開予定。どうぞお楽しみに。