タイプライターに魅せられた男たち・番外編第26回

タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(7)

筆者:
2016年11月3日

伊藤事務機タイプライター資料館(6)からつづく)

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」

「Royal Bar-Lock No.10」は、スピロ(Charles Spiro)が発明した「Bar-Lock」を、コロンビア・タイプライター社がニューヨークとロンドンで製造していたものです。伊藤事務機タイプライター資料館の「Royal Bar-Lock No.10」は、製造番号が99683であることから、ニューヨークで1905年頃に製造されたモデルだと推定されるのですが、背面の銘板には「SOUTHWARK ST. LONDON, S.E」と記されています。

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」背面銘板

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」背面銘板

「Royal Bar-Lock No.10」の特徴は、プラテンの手前に屹立した78本のタイプバー(活字棒)にあります。タイプバーは、それぞれがキーに繋がっていて、キーを押すと、対応するタイプバーがプラテンの上面に打ち下ろされます。このような、タイプバーを打ち下ろす機構のタイプライターを、ダウンストライク式と呼びます。ダウンストライク式タイプライターでは、プラテン上面に置かれた紙の上に印字がおこなわれるので、オペレータが少し上から覗き込めば、印字された文字が直接見えるのです。

「Royal Bar-Lock No.10」のタイプバーをプラテン側から見る

「Royal Bar-Lock No.10」のタイプバーをプラテン側から見る

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」のキーボードは、大文字がQWERTY配列、小文字もqwerty配列で、大文字小文字がそれぞれ別々のキーに配置されています。ただ、本来は「M.R.」(マージンリリース)を含め79個のキーがあるはずなのですが、伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」には、キーが78個しかありません。最下段は本来/’zxcvbnm?,.と並んでいるはずなので、左端の「/」のキーが失われてしまっているようです。

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード左端

「2」「3」「4」「5」の数字キーは大文字キーの左側に、「6」「7」「8」「9」の数字キーは大文字キーの右側に、それぞれ集められており、「1」と「0」は「I」と「O」で代用します。なお、「9」の右にある「M.R.」は、右端のマージンを越えて印字したい時に使うキーです。そのすぐ下には、金属製の「PARAGRAPH」レバーがあり、段落の行頭の字下げをおこなえるようになっています。この「PARAGRAPH」レバーの存在が、「Royal Bar-Lock No.10」とそれ以前のモデルを見分けるポイントの一つなのです。

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード右端

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード右端

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。