タイプライターに魅せられた男たち・番外編第27回

タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(8)

筆者:
2016年11月17日

伊藤事務機タイプライター資料館(7)からつづく)

伊藤事務機の「Oliver No.10」

伊藤事務機の「Oliver No.10」

伊藤事務機タイプライター資料館には、「Oliver No.10」も展示されています。シカゴのオリバー・タイプライター社が、1916年頃から1922年頃にかけて輸出向けに製造したタイプライターです。伊藤事務機の「Oliver No.10」には、「75 QUEEN VICTORIA STREET, LONDON, E.C.」の金文字が入っており、シカゴからロンドン経由で輸出されたと考えられます。同社のタイプライターの特徴は、左右に翼のようにそびえ立った逆U字型の活字棒(というよりは活字翼)であり、「Oliver No.10」も左右それぞれ16本ずつの活字翼を備えています。

伊藤事務機の「Oliver No.10」背面

伊藤事務機の「Oliver No.10」背面

32個のキーからは、左右16個ずつのキーに分かれて、背面の奥に繋がる長いシャフトが伸びています。各シャフトは、それぞれが活字翼に繋がっており、キーを押すと対応する活字翼が打ち下ろされて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。これがダウンストライク式という印字機構で、打った文字がその瞬間に見えるのです。また、活字翼が左右にあるので、真ん中に印字された文字が邪魔されずにオペレータから直接見える、という特長があります。

伊藤事務機の「Oliver No.10」の右活字翼

伊藤事務機の「Oliver No.10」の右活字翼

活字翼には、それぞれ活字が3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、96種類の文字が印字できます。「CAP」を押すと、プラテンが奥に移動し、大文字が印字されるようになります。「FIG」を押すと、プラテンが手前に移動し、数字や記号が印字されるようになります。

伊藤事務機の「Oliver No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Oliver No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Oliver No.10」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列で、各キーに数字(あるいは記号)・小文字・大文字の3種類の文字が載っています。「Z」の左側のキーには「~」(チルダ)「´」(アキュート)「`」(グレイヴ)、そのさらに左側のキーには「^」(サーカムフレクス)「¨」(ウムラウトあるいはトレマ)「˚」(リング)のアクセント記号が載っています。アクセント記号が載ったこれらのキーは、プラテンを前進させないので、結果として、直後の文字にアクセント記号が重ね打ちされることになります。一方、「C」のキーには、記号側に「ç」が載っていて、「c」にセディユが付いた状態の「ç」を、プラテンを前進させながら印字することになります。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。