旅の者として愛知県で過ごした数日間は、休暇ではなかったが、身辺の窮屈な雑事を忘れられる束の間の日々だった。
名古屋出身の女性が、以前、ある研究室に配置されていた「デラべっぴん」とかいう名の雑誌を見て、この「デラ」は名古屋弁からでは、と喜んで語ってくれたことも思い出した。都内の人間には、思いも寄らぬ新しい解釈だった。
なお、第84回に触れた「杁」という字は、杁ヶ池の地にもあったが貯水池に設けられた「いり」(用水路・水門)のほか、農具の「えぶり」と読まれることもある。その字を用いた山がある新潟の方からもその情報を寄せて頂いた。これは、漢字の「朳」が本来の字であるが、形が似ているため古くから混同されてきた。ことにJIS漢字の第2水準に、「杁」しか採用されなかったために、これで代用されることが増えたものであった。
愛知県内の大学で回収した用紙に「覚わる」と書いてきた学生がいた。最初、何かの書き損じかと思って尋ねてみたら、「覚えることができる」という意味だという。この語は、地元の方たちによると、さすがに論文などでは用いないそうだが、皆、方言だとは認識していないのだそうだ。生徒たちは作文の添削でも直されることなく、よく用いているとのことだった。発音が私には、フランス語のような響きさえ感じられ、何だか新鮮だ。
こうした、派手さはないが「気付かない方言」が漢字交じりの表記で現れてくることがある。WEBで検索をかけてみると、やはりその辺りの地域から、方言だと気付いたといった書き込みが多く見られる。また、これは漢字変換がなかなかうまくいかなかったことと思われるが、ブログやツイッターなどで使用している例も確認できる。
女子は中学生のころ、名前の後ろに付ける敬称の接尾語である「ちゃん」には「ⓒ」、「さん」には「ⓢ」、「くん」には「ⓚ」、ついでに先生には「T」や「t」という表記を、手紙などに記して使っていたという。筆記経済に、かわいさや、かっこよさが加わり、使用者間の結束を強めるとなれば、もうその場面では必須のものとなる。一方、男子生徒の中には、「女子は名前の後にⓒと一々書いて、何で人の名前に著作権を主張しているのだろう」などと勘違いする向きもあり、使用と受容、そこから生じる意識には性差も認められる。
それらの若年女性の間で行われる位相表記は、どうやら全国共通のようだ。「それならば、「先輩」を「sp」と書くこともあるでしょ?」と念押ししてみた。しかし意外そうな笑いが起きた。先輩は「先輩」や「先パイ」などと書いていた、という。「sp」の類はほとんどが見たことがなく、スペシャルとしか読めない、とまでいう。位相表記に地域差があるようだ。そして個人差、個人でも場面差があり、この全国の状況は共時的にはとらえにくいのかもしれない。私よりも上の世代では、先輩と読ませる「sp」をやはり知らないという。そうしたもの全体の流行に、時代ごとに変化が起きるのは当然のことである。
もしかしたら、東京でも、今では「sp」は中高生の間で古くなったのだろうか。いや、筆記経済の観点からは、煩瑣でよく使うものは簡易化され、一度略されればほぼそのまま定着し、しかもそれがお洒落でかわいい、かっこいいものとして共有されれば、愛用されていく傾向があるものだ。時代差も関わるのか、気になってきた。
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今回の大地震により、東日本、とくに東北地方の日本海側を中心に激甚な被害が生じている。私もちょうど福島県内にうかがう予定だったが、交通も通信も寸断され、叶わなくなってしまった。状況は極めて痛ましい。一日も早く、穏やかな日々が戻ってくることを心よりお祈り申し上げます。